イザベラ・デステの肖像 (レオナルド)

イザベラ・デステの肖像：レオナルド・ダ・ヴィンチによる素描と油彩画

概要

『イザベラ・デステの肖像』は、ルネサンス期の巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチが1499年から1500年頃に制作したとされる素描作品です。描かれているのは、当時の有力な女性政治家であり、芸術の擁護者であったマントヴァ侯爵夫人イザベラ・デステ。この素描は、現在パリのルーヴル美術館に所蔵されています。また、レオナルド派によるいくつかの複製や、近年発見された油彩による肖像画も存在します。

イザベラ・デステとは

イザベラ・デステは1474年、フェッラーラ公爵エルコレ1世・デステとナポリ王女エレオノーラの間に生まれました。洗練されたフェッラーラの宮廷で育ち、ルネサンス文化を深く身につけました。16歳でマントヴァ侯爵フランチェスコ2世・ゴンザーガと結婚し、その後、ウルビーノ公爵夫人エレオノーラやマントヴァ公爵フェデリコ2世など、2男5女をもうけました。

芸術への関心が高く、マントヴァ宮廷ではドゥカーレ宮殿の装飾に尽力。ピエトロ・ベンボ、バルダッサーレ・カスティリオーネ、ルドヴィーコ・アリオストといった人文主義者や詩人を宮廷に招きました。特に有名なのは自身の書斎の装飾で、アンドレア・マンテーニャをはじめとする多くの画家に絵画を依頼し、古代美術品を収集しました。政治的な手腕にも優れ、夫が不在の際にはマントヴァを守り、夫の死後は息子フェデリコ2世を支えました。1530年にはカール5世の戴冠式にも参列し、1539年に65歳で生涯を閉じました。

制作の背景

1499年、レオナルド・ダ・ヴィンチはミラノを逃れ、マントヴァに滞在しました。この時、イザベラ・デステから肖像画の依頼を受けたとされています。彼はヴェネツィアへ亡命するまでの短い滞在期間中に、この素描と複数の複製を制作。そのうち1枚をイザベラのもとに残し、もう1枚を肖像画制作のためのカルトン（原寸大下絵）として使用するためヴェネツィアに持ち帰ったとされています。

肖像画が完成したかどうかは定かではありません。しかし、レオナルドがヴェネツィアでイザベラの肖像画を友人に見せたという記録があり、友人はイザベラに宛てた手紙の中で、その肖像画を絶賛しています。イザベラ自身もレオナルドに素描の複製を依頼しましたが、実現しませんでした。その後、イザベラはレオナルドにカルトンでの肖像画制作を説得しようとしましたが、レオナルドはすでに『モナ・リザ』や『アンギアーリの戦い』の制作に取り掛かっており、この依頼には応じなかったようです。

作品の詳細

この素描は、横を向いて画面右を見る女性の胸像を描いています。レオナルドは、厳密な横顔ではなく、会話の途中で振り向いた瞬間を捉えているかのように描いています。女性は右手を左手の上に重ねていますが、画面下部が切れているため、両手の状況は不明瞭です。しかし、アシュモレアン博物館に所蔵されている複製からは、女性が欄干に手を置き、書物を指し示している様子がわかります。

素描は厚手の紙に鉛白をベースとした白色で地塗りを行い、木炭、赤チョーク、黄土色の顔料などを用いて描かれています。顔の部分は左上から右下へのハッチングで陰影がつけられ、目の周りや頬の影は指でぼかされています。ドレスリボンには黄土色の顔料が塗布されています。輪郭線に沿って開けられた穴は、転写に用いられたことを示唆しています。これらの穴は、イザベラ・デステの肖像画を制作するために、レオナルドが保管していたことを示しています。しかし、保管状態は良くなかったようで、紙の端が破損し、折り目には水滴による滲みが見られます。

イザベラ・デステの横顔を彫刻したジャンクリストフォロ・ロマーノ制作の銅製メダルとの比較により、描かれている人物がイザベラ・デステであることが特定されました。当初、この素描はジョヴァンニ・アントーニオ・ボルトラッフィオに帰属されていましたが、現在ではレオナルド・ダ・ヴィンチの作品として広く認められています。

来歴

この素描は、18世紀になって再び姿を現しました。ミラノの貴族バルトロメオ・カルデラーラが所有していましたが、彼の死後、その財産は妻であるヴィットーリア・ペルーソに相続されました。その後、美術商ジュゼッペ・ヴァラルディの手に渡り、1860年にルーヴル美術館がジュゼッペ・ヴァラルディのコレクションから、この素描を4,410フランで購入しました。当時は未知の女性を描いた肖像画として扱われていました。

複製

16世紀に制作されたと考えられる複製が3点存在し、アシュモレアン博物館、ウフィツィ美術館、大英博物館に所蔵されています。大英博物館のバージョンは、ルーヴル版を理想化した複製とされ、ウフィツィ版を基にしていると考えられています。ルーヴル版と比較すると、頭部と肩がわずかに理想化され、鼻筋がまっすぐになっています。

油彩版

2013年10月、レオナルド・ダ・ヴィンチの失われた肖像画であり、イザベラ・デステの肖像画の完成作と推定される油彩画が発見されました。この作品は、スイスの個人コレクターのコレクションから発見されたもので、使用されている顔料や下塗りがレオナルド・ダ・ヴィンチのものと一致しているとされています。放射性炭素年代測定の結果からも、16世紀初頭に描かれたことが示唆されています。

この油彩版は、イザベラ・デステが金のティアラを被り、ナツメヤシの葉を持っているという点で、ルーヴル美術館の素描とは異なりますが、その他の要素は非常によく似ています。大きさも、高さ61センチ、横幅46センチとほぼ同じです。

美術史家のカルロ・ペドレッティは、肖像画の顔はレオナルド・ダ・ヴィンチが描いたもので、他の部分は弟子による可能性があるとしながらも、レオナルドの作品であることに疑いの余地はないと述べています。しかし、この作品がキャンバスに描かれていることなどから、他の研究者はその信憑性に疑問を呈しています。

参考文献

ブルーノ・サンティ『レオナルド・ダ・ヴィンチ イタリア・ルネサンスの巨匠たち18』片桐頼継訳、東京書籍（1993年）

外部リンク

ルーヴル美術館公式サイト, レオナルド・ダ・ヴィンチ『イザベラ・デステの肖像』

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