ウィリアム・フリス

ウィリアム・パウエル・フリスは、1819年から1909年にかけて生きたイギリスの画家です。彼は特にヴィクトリア朝時代にその名を知られ、1852年には権威あるロイヤル・アカデミーの会員に選出されました。

フリスの生涯は、ノース・ヨークシャー州アルドフィールドで始まりました。絵の道を志すきっかけとなったのは、ハローゲートでホテルを経営していた父親の強い勧めでした。1835年にロンドンへ移り住んだフリスは、まずシャーロット・ストリートのサス・アカデミーで基礎を学び、その後ロイヤル・アカデミー附属の学校で研鑽を積みました。キャリアの初期は肖像画家として活動し、1838年のロイヤル・アカデミー展覧会で初めて作品を発表しました。

1840年代に入ると、フリスの関心は小説の世界へと広がります。チャールズ・ディケンズやローレンス・スターンの文学作品から着想を得た絵画を数多く制作しました。特にディケンズとは個人的な親交を結び、その肖像画も手掛けています。フリスは芸術家集団「ザ・クリーク」にも参加していましたが、彼に最も大きな影響を与えたのは、同時代のイギリス画家デイヴィッド・ウィルキーでした。ウィルキーの代表作『チェルシーの年金受給者たち』は、フリスの創造活動に多大な刺激を与えたとされています。ウィルキーや、文学分野で活躍したディケンズの影響を受け、フリスはヴィクトリア朝のイギリス社会における群衆の姿を、多角的な視点と複雑な構成で描き出す作風を確立していきました。

この新しい方向性から生まれた最初の成功作が、1854年に発表された『ラムズゲイト・サンズ』です。これは海水浴場に集まる人々を描いた風俗画であり、彼の名を広く知らしめる契機となりました。続いて世間を驚かせたのが、1858年のロイヤル・アカデミー展に出品された『ダービー開催日』です。エプソム競馬場のダービーステークス開催日に集まった熱狂的な群衆を描いたこの作品は、あまりの注目度から、絵を保護するために警官と柵が設けられるほどでした。さらに1862年には、パディントン駅のプラットホームを行き交う人々を描いた『駅』を発表し、現代生活の情景を捉える画家としての地位を不動のものとしました。これらの作品が評価され、フリスはイギリス王室からウェールズ公エドワード（後のエドワード7世）とアレクサンドラの結婚式を描くという栄誉ある依頼を受け、1865年に『ウェールズ公の結婚式』を完成させました。

後年、フリスは18世紀の画家ウィリアム・ホガースに倣い、連作形式の絵画も手掛けました。ギャンブルの危険性を主題とした5部構成の『崩壊への道』（1878年）や、富を追い求める姿を描いた『富のためのレース』（1880年）などがこれにあたります。フリスは1890年にロイヤル・アカデミーの会員資格を退きましたが、その後も1902年までは展覧会への出品を続けました。

フリスは、自身の著書『自叙伝と思い出』（1887年）や『一層の思い出』（1888年）などで繰り返し述べているように、現代美術に対して強い反感を抱く伝統主義者でした。特にラファエル前派や耽美主義といった新たな芸術運動は、彼の厳しい批判の対象となりました。1883年に発表した絵画『1881年ロイヤル・アカデミー展の招待日』では、こうした宿敵たちを風刺的に描いています。この作品には、当時の著名人であるオスカー・ワイルドがフリスや伝統派の画家たちから冷ややかな視線を浴びながら持論を述べる様子や、フレデリック・レイトン、ジョン・エヴァレット・ミレーといったアカデミーの重鎮、さらには作家のアンソニー・トロロープなども描き込まれています。フリスは晩年まで、自身の確立した写実的で物語性のあるスタイルを追求し続けました。

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