エドワード・イングランド

エドワード・イングランド：慈悲深き海賊の栄光と転落

知られざる人道主義者の横顔

18世紀初頭、海賊行為が猖獗を極めた「海賊の黄金時代」にあって、アイルランド生まれの海賊エドワード・イングランド（1685年頃 - 1720年/1721年）は異色の存在でした。彼の旗は悪名高い髑髏と骨の組み合わせであり、指揮した船には「ロイヤル・ジェームズ」や「ファンシー」といった名が冠されていましたが、その内実は、当時の他の多くの海賊とは一線を画す、驚くほど人道的な人物だったと伝えられています。しかし、その温情こそが、彼自身の破滅へと繋がる皮肉な運命を招くことになります。

海賊への道程

エドワード・イングランドは、本名をエドワード・シーガーといい、1685年頃にアイルランドで生を受けました。おそらくカトリックの家庭で育った彼は、スペイン継承戦争中にカリブ海のジャマイカへ渡り、当初は私掠船の航海士として経験を積みます。しかし、彼らが海賊クリストファー・ウィンターに捕らえられたことを契機に、シーガー自身も海賊の世界に足を踏み入れることになります。この時期に、彼は故郷アイルランドにちなんで「イングランド」と名乗るようになったと言われています。

海賊となって初期の頃、彼はヘンリー・ジェニングスの下で、フロリダ湾沖で座礁したスペイン船からの財宝略奪活動に参加しました。その後、悪名高いチャールズ・ヴェインの操舵手となります。ヴェインの船は一時的にイギリス海軍に拿捕されるも解放され、ウッズ・ロジャーズ総督がバハマのナッソーに入港し、多くの海賊が国王の赦免を受け入れる中で、ヴェインとその配下はこれを拒否。イングランドもまた赦免を選ばず、ヴェインから自身の船を与えられて独立し、アフリカへと向かったのです。

船長としての活動と「カドガン号」事件

船長となったイングランドは、アフリカ沿岸で活発な略奪を始めます。シエラレオネ沖で拿捕したブリストル船籍のスノー船「カドガン号」での出来事は、イングランドの複雑な人物像を浮き彫りにします。この船のスキナー船長は、かつてイングランドの部下だった何人かに恨まれており、海賊たちは彼を激しく虐待しました。ウィンチに縛り付けて酒瓶で殴りつけ、懇願を無視して鞭打ち、最終的には「いい船長だった」と言い放って射殺するという、極めて残虐な行為に及びました。この事件は、イングランドが部下の残虐行為を完全に抑制できなかった側面を示しています。

一方で、「カドガン号」の一等航海士だったハウエル・デイヴィスは、海賊の仲間入りを拒否し、「死んだ方がましだ」と言い放ちました。このデイヴィスの勇気に感銘を受けたイングランドは、彼に「カドガン号」の指揮権を与えて解放するという寛大な措置をとりました。この決断が、後にデイヴィスを著名な海賊へと押し上げ、さらには彼の部下だったバーソロミュー・ロバーツが史上最も成功した海賊の一人となる道を開くことになります。

イングランドはその後、「パール号」を拿捕して旗艦とし、「ロイヤル・ジェームズ号」と改名。1719年の春には、ガンビア川やケープ・コースト沿岸を荒らし回り、10隻もの船を捕らえました。一部の船は部下のロバート・レーンやロバート・サンプルに分け与え、「ヴィクトリー号」を僚船とし、ジョン・テイラーという荒々しい男にその指揮を任せました。アフリカ沿岸での活動中、彼らはウィダーを目指しますが、既に他の海賊に略奪された後で徒労に終わります。さらに、立ち寄った港では現地女性への乱暴や住民との衝突、放火など、部下による横暴な行為が繰り返されました。

インド洋での戦いと追放劇

1720年、イングランドの船団はインド洋へと進出。コモロ諸島のアンジュアン島沖で、ジェームズ・マクレイ船長が指揮するイギリス船「カサンドラ号」を含む船隊と遭遇し、激しい戦闘となりました。この戦いで、「カサンドラ号」とイングランドの「ファンシー号」が座礁するなど双方に大きな被害が出ましたが、海賊側は「カサンドラ号」から現在の価値で数千万ドルにも相当する莫大な財宝を獲得しました。

捕虜となったマクレイ船長に対し、テイラーら部下の多くは敵対行為への報復として彼の殺害を主張しました。しかし、マクレイの下で以前働いていたという義足の海賊が現れ、マクレイがかつて良い船長であったと擁護し、彼に危害を加えるなら容赦しないと詰め寄ったため、マクレイの命は救われました。この義足の海賊は、後にロバート・ルイス・スティーヴンソンの小説『宝島』に登場する有名なキャラクター、ジョン・シルバーのモデルになったと言われています。

イングランド自身も、マクレイに対する慈悲を示します。彼は「カサンドラ号」を奪う代わりに、損傷した自身の「ファンシー号」をマクレイに与え、彼を解放したのです。しかし、海賊社会ではめったに見られないこの温情は、荒くれ揃いの部下たちの不満を募らせました。さらに、解放されたマクレイが海賊討伐のために艦隊を編成しているという噂が広まると、部下の怒りは頂点に達しました。特に副官格のジョン・テイラーは強硬な姿勢を取り、船上での投票によってイングランドを船長の座から引きずり降ろすことを決定。イングランドと、彼に忠実だったわずか3名の部下は、僻地のモーリシャス島に置き去りにされてしまいました。

波乱の最期

モーリシャス島に孤立したイングランドたちは、板切れからかろうじて小型のボートを作り上げ、マダガスカル島へと命からがら辿り着きました。当地では、ランター湾を拠点にしていた海賊ジェームズ・プランテーンがマダガスカル各地のヨーロッパ系住民を集めて開いたパーティーに参加する機会もありました。しかし、その後の消息は定かではなく、おそらくマダガスカル島内で熱帯病に罹り、1720年あるいは1721年にその生涯を終えたと推測されています。

海賊史における人物評価

著名な海賊史家であるキャプテン・チャールズ・ジョンソンは、その著書『海賊史』の中で、エドワード・イングランドについて興味深い評価を残しています。ジョンソンは彼を「善き分別を持った人びと」「性格もよく、勇気にも富んでいた」「強欲ではさらになく、捕虜を虐待することを常に嫌悪した」と評し、その温和な性格ゆえに悪行を控えられたはずだが、忌まわしい仲間に深入りしすぎたために彼らの悪事に加担せざるを得なかった、と述べています。

当時の海賊社会では、野蛮さや残虐さこそが尊敬を集める傾向にありました。イングランドの持つ慈悲深さや温情は、部下たちにとっては弱さと映り、しばしば彼を軽視する原因となりました。彼は一味の中で自分の権力が衰えていることを自覚し、意見を述べるたびに部下の反抗に直面しました。最終的に、彼の人間的な優しさ、特にマクレイ船長を解放したことが、彼を船長職から追放され、孤立無援の状況に追い込む直接的な引き金となったのです。エドワード・イングランドの生涯は、「海賊」という血塗られた世界にあって、異質な光を放ちながらも、その光ゆえに自らを滅ぼしてしまった悲劇的な物語と言えるでしょう。

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