オマル・アル＝バシール

オマル・ハサン・アフマド・アル＝バシールとは

オマル・ハサン・アフマド・アル＝バシール（Omar Hasan Ahmad al-Bashir、1944年1月1日 - ）は、スーダンの軍人であり、政治家です。1989年のクーデターにより政権を掌握し、30年にわたって大統領の座に君臨しましたが、2019年のクーデターにより失脚しました。また、与党国民会議の議長も務めました。彼の治世は、ダルフール紛争での集団虐殺への関与疑惑や、人権侵害、イスラム原理主義組織の擁護など、数多くの問題に彩られています。国際刑事裁判所からは、これらの罪状で逮捕状が出されています。

バシールの統治

バシールは、1989年のクーデターでアフマド・アル＝ミルガニーを国家元首の座から追い落とし、以降、独裁的な統治を行いました。反米主義者であり、イスラム主義を掲げ、イスラム教徒の支持を基盤としていました。彼の政権下では、ダルフール紛争における人権侵害が深刻化し、アメリカをはじめとする西側諸国からはテロ支援国家と見なされていました。しかし、アラビアゴムの貿易は例外として扱われ、むしろ輸入が増加していました。2017年以降、バシール政権は、アメリカのトランプ政権との間で、経済制裁の解除と北朝鮮との関係断絶を進めるなど、関係改善の動きも見られました。

バシール政権下で、スーダンは中国やロシアとの関係を深め、石油採掘により経済成長を遂げました。しかし、依然として最貧国のままであり、2011年の南スーダン独立により油田のほとんどを失ったことで、経済はさらに不安定になりました。石油輸出パイプラインへの高関税によって一時的に経済を立て直しましたが、これは南北間の新たな対立の火種となりました。

生い立ちと軍人時代

バシールは、現在のスーダン・ナイル川州にある小さな村で生まれました。アラビア語を母語とするアラブ系スーダン人です。初等教育を終えた後、家族とともに首都ハルツームへ移りました。彼は、中等教育を受ける初日に不良生徒を撃退したという逸話が残っています。

1960年にスーダン軍に入隊し、1966年にエジプトの士官学校を卒業しました。落下傘部隊の士官として勤務し、1973年には第四次中東戦争に従軍しました。この経験が、後の彼の政治家としての歩みを決定づけたとも言われています。1975年から1979年までアラブ首長国連邦に駐在武官として勤務し、1979年から1981年まで部隊司令官、1981年から1987年まではハルツームの機甲落下傘旅団長を歴任しました。1981年には准将に昇進し、1983年からの第二次スーダン内戦では、南部を拠点とするスーダン人民解放軍（SPLA）と戦いました。

大統領時代

1989年、バシールはハサン・トラービーと連携して軍事クーデターを成功させ、政権を掌握しました。クーデター後、すべての政党や労働組合を禁止し、報道を抑圧し、議会を解散させました。救国革命指導評議会を設立し、自ら元首、首相、軍司令官、国防相を兼務しました。

1990年4月には、軍部によるクーデター未遂事件が発生しました。この際逮捕された28人の将校は長らく行方不明となっていましたが、2020年に首都郊外で遺体が発見されました。

バシールは、1991年に導入した新刑法や治安警察制度、ムスリムの判事の採用などを通じて、キリスト教や伝統宗教が普及している南部にシャリーアを強要しました。また、南部の村を空爆して住民を奴隷化するなど、南北間の内戦を激化させました。アラブ系部族に黒人系部族を襲わせることで、宗教間対立だけでなく、人種間対立も激化させました。彼は、自身の属するアラブ系スーダン人ではない、低開発地のムスリムを含む勢力も弾圧しました。

1991年、バシール政権は湾岸戦争に反対し、イラクのサッダーム・フセインと友好関係にありました。国際テロ組織アルカーイダの指導者ウサーマ・ビン・ラーディンが、1996年までスーダンで事業を経営していました。1993年、スーダンはテロ支援国家に指定されました。

1998年、アメリカ大使館爆破事件への報復として、アメリカ軍の空爆を受けた際、バシールは「空爆された工場は単なる薬品工場だ」と主張し、アメリカに反発しました。同時期に、イスラム原理主義者のトラービーと決別し、国民会議を設立しました。

2002年、野党勢力を取り込むことでSPLAとの和平交渉を進め、2005年1月9日に包括和平（CPA）が合意しました。2005年7月9日には、バシールを大統領、SPLAのジョン・ガランを第一副大統領とする暫定政府が発足しました。

バシールは、2005年から2007年にかけて、アメリカの雑誌『パレード』の「世界最悪の独裁者ランキング」で3年連続1位に選ばれました。2009年2月、国際刑事裁判所 (ICC) は、ダルフールにおける人道に対する罪、ジェノサイド罪でバシールを起訴し、逮捕状を発行しました。これは、ICCが現職の国家元首を起訴する初の事例となりました。

2011年1月9日、南部の自治政府による独立の是非を問う住民投票が行われ、南スーダンが独立しました。南スーダンには石油などの豊富な地下資源が眠っており、2012年には国境の油田を巡って南北スーダン国境紛争が発生しました。

2012年3月16日、アメリカのスーダン大使館前で、数百人規模の抗議活動が行われ、俳優のジョージ・クルーニーも参加しました。

クーデターによる失脚

2019年4月11日、スーダンでの大規模な抗議活動を受け、バシールは国防軍に拘束され、30年にわたる政権は終焉を迎えました。4月16日には、首都ハルツームの刑務所へ身柄を移されました。同日、ウガンダはバシールからの亡命要請を受け入れる可能性を示唆しました。

暫定政権は、バシールの自宅から1億1300万ドル相当の現金を発見し、外国通貨の不正所持の疑いで捜査を開始しました。また、2018年からの抗議デモ参加者の殺害に関与した疑いでも訴追されましたが、暫定政権は国際刑事裁判所への引き渡しを拒否しました。

2019年12月14日、ハルツームの裁判所は、汚職と外貨不正蓄財の罪でバシールに懲役2年の実刑判決を言い渡しました。

中国との関係

中国は、ヌメイリ体制時代からスーダンと友好関係にあり、インフラ整備や石油開発において協力関係にありました。スーダンは、中国との原油取引による収入の多くを兵器購入に充てていました。スーダン政府軍や民兵組織は中国製の武器を使用しており、主力戦車「アル＝バシール」は中国の85-IIM式戦車のライセンス生産版です。中国は、国連でのスーダンに対する経済制裁を拒否権によって阻止してきました。

国際刑事裁判所が逮捕状を発行した際、中国は「この問題を深く憂慮している」と発言しました。また、スーダンのタハ副大統領は「両国の友好協力は両国国民の共通の利益に合致する」と述べました。2015年には、バシールは中国の習近平国家主席から「中国人民の古くからの友人」として歓迎されました。

トルコとの関係

2017年12月、トルコのエルドアン大統領がスーダンを訪問し、紅海沿岸のスアキン島を開発する計画を発表しました。この計画は、トルコと対立するサウジアラビアやエジプトから反発を受けました。

また、トルコが支援するムスリム同胞団を保護していたことも、エジプトとの対立の原因となっていました。バシールを失脚させた暫定政権は、サウジアラビアやエジプト、アラブ首長国連邦から支援を受けています。

ロシアとの関係

ロシアは、イラク戦争以降、反米的な国々との関係を強化し、スーダンへの軍事支援を実施してきました。ロシア製の攻撃ヘリコプターや輸送機が確認されています。2018年からは、ロシア系民間軍事会社ワグネル・グループの傭兵も、ハルツームでの抗議デモの鎮圧に投入されていました。

北朝鮮・イランとの関係

北朝鮮やイランは、伝統的にスーダンの友好国でしたが、2017年にアメリカとの協議後、北朝鮮との貿易と軍事関係を断絶し、イエメン内戦ではスンニ派のアラブ諸国側で参戦、シーア派勢力を支援するイランとの国交を断絶しました。2017年10月には、20年も続いていたアメリカの経済制裁が解除され、アメリカのドナルド・トランプ政権との関係改善が見られました。

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