カニシカ1世

カニシカ1世：クシャーナ朝最盛期の王

カニシカ1世（生没年不詳）は、クシャーナ朝において最も著名な王です。バクトリア語資料では「クシャーナ朝のカニシカ」と記され、漢訳仏典では「迦膩色迦」と表記されます。後世にカニシカ2世が存在したとされますが、一般にカニシカ王と言えば、このカニシカ1世を指します。

来歴

カニシカ1世の出自については、長らく不明な点が多くありました。貨幣銘文におけるインド文字の使用停止、ホータン出身説、小月氏説などから、カニシカ1世は先代の王（クジュラ・カドフィセス、ヴィマ・カドフィセス）とは血縁関係がなく、王位を簒奪して新たな王朝を築いたという王朝断絶説が有力でした。

ホータン出身説の根拠の一つに、カニシカ1世と同時代の仏教詩人アシュヴァゴーシャの著作があります。その中で、「真檀迦膩吒」という言葉が使われており、これは「ホータン出身のカニシカ」を意味すると解釈されました。

しかし、1993年に発見されたラバータク碑文によって、カニシカ1世がヴィマ・カドフィセスの息子であることが確認され、王朝断絶説は否定されました。

王国の範囲と拡張

カニシカ1世は、北西インドを根拠地とし、プルシャプラ（現在のペシャーワル）を首都としました。彼は一族を率いて、夏はアフガニスタンの草原、冬はインドの平原へと移動しました。地方の有力者を従え、「王の中の大王」として君臨し、東部支配のため、デリー近郊のマトゥラーを副都としました。

マトゥラー近郊のマート遺跡から出土したカニシカ1世の立像は、中央アジア風の外套、ズボン、フェルト製の長靴を身につけており、外套裾には「大王、王中の王、天子、カニシカ」という銘文があります。

カニシカ1世はガンジス川を下り、インド東部へ勢力を拡大しようとしました。ネパール、サールナートを支配下に置き、パータリプトラ近辺にまで迫りました。また、彼の発行したコインはベンガル地方からも発見されていますが、これが征服の証拠であるかは不明です。

仏典には、カニシカ1世がパルティアに勝利したという記録がありますが、これは誇張されたものであり、実際の戦いの詳細は不明です。

カニシカ1世の時代には、クシャーナ朝はガンジス川中流域、インダス川流域、バクトリアを含む大帝国となりました。しかし、彼の治世後半以降の記録は乏しく、詳細は不明です。

カニシカ1世の後は、おそらく息子であるヴァーシシカが王位を継承しました。

カニシカ1世の在位年

カニシカ1世の在位年については、現在に至るまで定説はありません。

『後漢書』に西暦125年頃までのクシャーナ朝の事情が記されているが、カニシカ1世に触れられていないことから、即位は125年以降であると考えられる。
コインなどの遺品から、カニシカ1世の治世はヴィマ・カドフィセスより後である。
『三国志』に229年に大月氏王ヴァースデーヴァの使者が訪れたという記録がある。

これらの証拠から、カニシカ紀元の第1年が西暦168年より前と推定されます。フランスの学会では144年-173年説が有力ですが、未だ定説ではありません。

王の称号

カニシカ1世の称号は、「シャーヒ・ムローダ・マハーラージャ・ラージャ＝アティラージャ・デーヴァプトラ・カイサラ」でした。これは、様々な民族の称号を組み合わせたもので、クシャーナ朝の包括的な性格を示しています。

「シャーヒ」：月氏の伝統的な言葉で、王を意味する。
「ムローダ」：サカ族の言葉で、首長を意味する。
「マハーラージャ」：インドの言葉で、大王を意味する。
「ラージャ＝アティラージャ」：イラン由来の言葉で、諸王の王を意味する。
「デーヴァプトラ」：中国由来の言葉で、天子を意味する。
「カイサラ」：ラテン語で、カエサル（帝王）を意味する。

他にも、ヤクブ（翕侯）、シャー（王）、バシレオス（王）など、中央アジア、ペルシャ、ギリシャの称号も用いました。

王朝交代説

カニシカ1世の即位を境に、王名や暦、貨幣様式が変化したことから、カニシカ1世による王朝交代説が提唱されました。しかし、ラバータク碑文の発見により、カニシカ1世がヴィマ・カドフィセスの息子であることが判明し、この説は大きく見直されることになりました。

仏教とカニシカ王

カニシカ1世は仏教を保護したとされ、多くの仏典に記録されています。仏典の伝説によれば、カシミールで法を説いていたスダルシャナに帰依し、仏教を信仰するようになったとされます。

カニシカ1世は各地に仏塔を建造し、彼の治世に仏典の第四回結集（または第三回）が行われたと伝えられています。

また、中部インド遠征で、仏鉢と詩人アシュヴァゴーシャを求めたという伝説も存在します。アシュヴァゴーシャはカニシカ1世の精神的な師となり、「三智人」の一人として重用されました。

しかし、カニシカ1世が支持したのは、大乗仏教ではなく伝統的な保守仏教、特に説一切有部であったとされています。

他宗教とカニシカ王

カニシカ1世は仏教だけでなく、他の宗教にも寛容でした。彼の発行したコインには、シヴァ神、太陽神、月神など様々な神の図像が描かれており、タクシラにはゾロアスター教の拝火神殿と思われる建物も存在しています。

カニシカ1世のコイン

コインの表面には、「諸王の王、カニシュカ王」とギリシャ文字で記され、裏面には太陽神ヘーリオスをはじめ、仏陀など様々な神々の像が描かれました。

関連項目

カニシカ王の舎利容器

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