ベンガル地方

ベンガル地方：歴史と文化の交差点

ベンガル地方は、ガンジス川とブラマプトラ川が織りなす肥沃なデルタ地帯に位置し、インドの西ベンガル州とバングラデシュを包含する南アジア北東部の地域です。古くから豊かな歴史と文化を育み、現在も世界有数の米とジュートの生産地として経済的に重要な役割を担っています。しかし、その歴史は、繁栄と同時に宗教的な対立や植民地支配といった複雑な側面も抱えてきました。

地名の由来

「ベンガル」という呼称は、13世紀以降にアラブ人やペルシャ人によって用いられ始め、その後ヨーロッパの植民地勢力にも広まりました。それ以前は、地域東部の「ヴァンガ」と西部の「ガウル」という名称が使われており、『マハーバーラタ』にもその記述が見られます。東西を合わせた呼称として「バングラ」という言葉が使われ、これが現在のバングラデシュの国名の由来となっています。

古代ベンガル：交易と王朝の興亡

紀元前2千年紀頃には、既に米作を行う集落がベンガル地方に点在していました。紀元前1[[1世紀]]には、計画的に整備された住居群や銅器、黒色土器、赤色土器の生産も確認されています。ワリ・ベテシュワール遺跡などの考古学的発見は、この地域の古代文明の発達を示しています。鉄器時代には鉄器や灌漑技術が導入され、紀元前600年頃からは北インドにおける都市化の波が及んできました。マハースターンガール、チャンドラケートゥガル、ワリ・ベテシュワールといった都市が築かれ、ガンジス川、ブラマプトラ川、メグナ川は情報と交易の重要な動脈となりました。また、ベンガル湾の三角州という地理的条件を活かし、東南アジアやそれ以上の遠方地域との海上交易も盛んに行われていました。

この時代、ヴァレンドラ国、スーマ国、アンガ国、ヴァンガ国、サマタタ国、ハリケラ国など複数の小国が興亡を繰り返しました。マウリヤ朝やグプタ朝といった大帝国の支配下に入る時期もありました。マウリヤ朝時代の碑文には、困窮する住民への救済を指示する行政命令が残されており、当時の社会状況の一端を知ることができます。また、この地域で発掘される打刻印銀貨は、鉄器時代を通じて流通していた通貨であったことがわかります。特に、ヴァンガ国は強大な海軍力と海外植民活動で知られており、「ベンガル」という地名にもその名を残しています。スリランカの歴史書『マハーワンサ』によれば、ベンガルの王子ウィジャヤがスリランカに渡り、同国の最初の王国を築いたとされています。

古代ベンガルは、ギリシャ人やローマ人にも知られており、ガンガリダイと呼ばれていました。ギリシャの歴史家メガステネスは、ガンジス・デルタ地方の強大な軍勢について詳細に記録を残しています。また、ローマとの交易も盛んであったことを示す考古学的証拠も発見されています。ローマ貨幣やアンフォラの出土は、紅海を通じた交易ルートの存在を示唆しています。

ガウダ王国を築いたシャシャーンカ王は、ベンガルを初めて政治的に統一した人物とされています。シャシャーンカの死後、内乱が続いた後、仏教王朝のパーラ朝が興隆しました。パーラ朝はインド亜大陸に覇を争う大帝国となり、学問、芸術、文化においても大きな発展を遂げました。しかし、その後は徐々に勢力を衰えさせ、セーナ朝へと取って代わられました。

デリー・スルターン朝時代：イスラム勢力の台頭

1204年、ゴール朝の将軍ムハンマド・バフティヤール・ハルジーがベンガル地方への征服を開始しました。セーナ朝の首都ラクナウティを陥落させ、約150年にわたるデリー・スルターン朝による支配が始まりました。しかし、デリー・スルターン朝の支配は弱く、地方の総督らが独立を志向するなど不安定な状態が続きました。1338年には、ラクナウティ、サトガオン、ソナールガオンの3都市で反乱が勃発し、ベンガル・スルターン朝が独立しました。

ベンガル・スルターン朝は、商業と海運で繁栄し、アラカン、トリプラ、チャンドラディプ、プラタプガルといった周辺地域を従属させ、領土を拡大しました。アッサム地方への遠征や、マラッカ、中国、アフリカなどとの盛んな交易も特徴です。しかし、ムガル帝国の台頭により、16世紀末にはその支配は終焉を迎えました。

ムガル帝国時代、イギリス植民地時代、そして独立

16世紀後半には、ムガル帝国がベンガル地方を征服しました。その後、イギリス東インド会社が台頭し、18世紀後半からはイギリスの植民地支配が始まりました。イギリスによる支配下では、ベンガル大飢饉など多くの苦難を経験しました。1905年のベンガル分割は、激しい反対運動を招き、1911年に撤回されました。第二次世界大戦後、インドはイギリスから独立を果たしましたが、ベンガル地方はインドとパキスタンに分割されました。東ベンガルはその後、バングラデシュとして独立を達成しました。

ベンガル地方の現在

現在、ベンガル地方はインドとバングラデシュという二つの国に分かれていますが、言語、文化、歴史において深い繋がりを保っています。ベンガル語は両国で広く話され、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒が混在する多様な社会を形成しています。米やジュートの生産は依然として重要であり、世界経済にも貢献しています。しかし、歴史的な宗教対立や貧困問題などの課題も抱えています。

年表

紀元前600年頃：マガダ国など十六大国の割拠
紀元前5世紀頃：打刻印貨幣の流通
紀元前364年：ナンダ朝によるガンジス川流域の征服
紀元前261年頃：マウリヤ朝のアショーカ王によるインド亜大陸の大部分の支配
7世紀初頭：ガウダ王国のシャシャーンカ王の治世
750年頃：パーラ朝興隆
1095年頃：セーナ朝興隆
1198年：ゴール朝によるセーナ朝の征服
1352年：ベンガル・スルターン朝独立
1576年：ムガル帝国による征服
1717年：ベンガル太守の設置
1769年-1773年：ベンガル大飢饉
1905年：ベンガル分割令発布（1911年撤回）
1947年：インド・パキスタン独立とベンガル分割
* 1971年：バングラデシュ独立

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