クシャーナ朝

クシャーナ朝：東西文化が交錯した遊牧民の帝国

クシャーナ朝（1世紀 - 3世紀頃）は、中央アジアから北インドにかけて栄えたイラン系の王朝です。その起源は、紀元前2世紀に匈奴に圧迫され移動した遊牧民、月氏に遡ります。月氏はバクトリアに定着し大月氏と呼ばれましたが、五つの勢力に分裂していました。その一つ、貴霜翕侯（クシャンきゅうこう）が勢力を拡大し、他の四翕侯を滅ぼしてクシャーナ朝を建国しました。

クシャーナ朝の成立

クシャーナ朝の基礎を築いたのは、クジュラ・カドフィセスです。彼は他の四翕侯を征服し、周辺地域を支配下に置きました。後[[漢書]]によれば、1世紀初頭から半ばにかけて、クジュラ・カドフィセスは王を称したとされ、これをもってクシャーナ朝の成立とみなされます。クジュラ・カドフィセスはギリシア人の王ヘルマエウスと同盟を結んだ後、彼を倒してカーブルの支配権を確立しました。さらにガンダーラ地方やパルティアの一部をも征服し、勢力を拡大しました。その後、ヴィマ・タクトとヴィマ・カドフィセスが北西インドを征服し、クシャーナ朝は一大帝国へと発展しました。彼らは交通の要衝に関門や要塞を築き、帝国の基盤を強固にしました。

カニシカ王の時代

2世紀半ばには、カニシカ1世の時代にクシャーナ朝は全盛期を迎えます。都をプルシャプラ（現在のペシャーワル）に定め、独自の暦（カニシカ紀元）を制定しました。カニシカはインド東部まで勢力を拡大し、ガンジス川上流のマトゥラーを副都としました。また、彼は仏教に帰依し、その保護政策によって、ガンダーラ美術が隆盛を迎えました。この時代に初めて仏像が登場し、仏教美術の歴史に大きな影響を与えました。カニシカ王の治世後、ヴァーシシカ、フヴィシカ、そしてヴァースデーヴァへと王位は継承されました。フヴィシカの治世中、クシャーナ朝は依然として強勢を維持していました。

クシャーナ朝の衰退

3世紀になると、ヴァースデーヴァの時代にクシャーナ朝は衰退期を迎えます。ヴァースデーヴァはサーサーン朝のシャープール1世との戦いに敗れ、インドにおける支配権を失いました。その後、クシャーナ朝の領土はサーサーン朝に次々と制圧され、カブール王として存続しましたが、最終的にはサーサーン朝の支配下に入りました。かつてのクシャーナ朝の領土は、サーサーン朝の王族によって統治されるようになり、クシャーノ・サーサーン朝として知られています。

クシャーナ朝の文化

クシャーナ朝は、広大な領域を支配したため、多様な文化の影響を受けました。その文化は包容的で、融合的な性格を持っていたとされています。特に、王の称号には、様々な文化圏の称号が用いられました。例えば、カニシカ王は「シャーヒ」「ムローダ」「マハーラージャ」「ラージャティラージャ」「デーヴァプトラ」「カイサラ」といった多様な称号を名乗りました。これは、クシャーナ朝が各地域の文化を尊重し、取り入れていたことを示しています。

クシャーナ朝の美術

クシャーナ朝は、仏教美術の発展にも大きく貢献しました。カニシカ王の保護政策のもと、ガンダーラを中心に仏教美術が栄え、仏像が初めて制作されました。ガンダーラ美術は、ギリシア・ローマ美術の影響を受けつつ、独自のスタイルを確立しました。また、マトゥラーでも独自の仏像が制作されました。これらの仏像は、後の仏教美術に大きな影響を与えました。

クシャーナ朝の言語

クシャーナ朝の主要な言語はバクトリア語でした。バクトリア語はイラン語に属し、ギリシア文字を基にした独自の文字で表記されました。近年、ラバータク碑文などバクトリア語の資料が発見され、クシャーナ朝の歴史や文化の研究が進んでいます。これらの碑文は、クシャーナ朝の王統や制度、当時の社会を知る上で非常に重要な資料となっています。

クシャーナ朝の経済

クシャーナ朝は、東西交易によって繁栄しました。ローマ帝国との貿易は特に重要で、絹や香料、宝石などがローマに輸出され、その対価として金がクシャーナ朝にもたらされました。クシャーナ朝の金貨はローマの金貨単位にリンクしており、国際的な交易に積極的に関与していたことがわかります。また、クシャーナ朝は、貨幣経済の発展にも貢献し、高品質な金貨や銅貨を発行しました。

クシャーナ朝の歴史に関する論点

クシャーナ朝の王統については、いまだ不明な点が多く残されています。特に、カニシカ王が、それ以前の王統と異なる王朝に属していたとする王朝交代説があります。しかし、近年のラバータク碑文の解読によって、カニシカ王がクジュラ・カドフィセスから続く王統に属することが明らかになりました。また、大月氏とクシャーナ朝の関係についても議論があり、両者を同一視する意見と、別個の政権とみなす意見があります。

まとめ

クシャーナ朝は、遊牧民を起源とする王朝でありながら、東西の文化が交錯する広大な領域を支配しました。仏教美術の発展や国際的な交易で繁栄し、多様な文化要素を取り入れた独自の文化を築きました。その歴史は、中央アジアからインドにかけての古代史を理解する上で、非常に重要な位置を占めています。

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