カルナータカ太守

カルナータカ太守とは

カルナータカ太守（カルナータカたいしゅ、タミル語: ஆற்காடு நவாப், ウルドゥー語: نواب کرناٹک, 英語: Nawab of the Carnatic）は、ムガル帝国の南インドにおける地方長官、つまり太守（ナワーブ）の役職です。その領域は現在のカルナータカ州ではなく、タミル地方とアーンドラ地方の一部を指します。首府はアルコットに置かれたため、アルコット太守とも呼ばれます。

歴史

設立

1681年以降、ムガル帝国の皇帝アウラングゼーブはデカン遠征を行い、ビジャープル王国とゴールコンダ王国を滅ぼし、マラーター勢力を南へ押し返しました。これにより、帝国の領土は南インドにまで拡大しました。

1692年、アウラングゼーブは広大な南インドを統治するため、カルナータカ太守の役職を設置し、ズルフィカール・ハーンを初代太守に任命、アルコットを拠点に統治を開始させました。

独立

1707年にアウラングゼーブが死去すると、ムガル帝国各地で反乱が頻発しました。1713年には帝位を巡る争いが起こり、これに乗じて当時のカルナータカ太守サアーダトゥッラー・ハーンは帝国からの独立を宣言し、地方政権（ナワーヤト朝）を樹立しました。

これにより、南インドにおけるムガル帝国の支配は名目的なものとなりました。ただし、歴代の太守は名目上、帝国の主権を認めていました。サアーダトゥッラー・ハーンの治世初期には、北インド出身のラージプート、ディー・シングがシェンジ（ジンジー）を拠点に反乱を起こしましたが、1714年に鎮圧されています。

サアーダトゥッラー・ハーンはムガル帝国の許可なしに甥のドースト・アリー・ハーンを後継者に指名し、1724年には南インドの他の勢力と協力してマイソール王国の首都シュリーランガパッタナを包囲するなど、独自の勢力拡大を図りました。

マラーターの侵攻

カルナータカ太守は南インドに広大な領土を有していましたが、マイソール王国、タンジャーヴール・マラーター王国などの周辺勢力との争いが絶えませんでした。ドースト・アリー・ハーンの娘婿であるチャンダー・サーヒブは1736年にマドゥライ・ナーヤカ朝を滅ぼすなど、版図を拡大させます。さらに、タンジャーヴール・マラーター王国へも侵攻し、1739年にはシャーフージー2世を退位に追い込みます。

しかし、1740年、ナーグプル候ラグージー・ボーンスレーが援軍として南下し、同年5月20日のダーマルチェルヴの戦いでカルナータカ太守軍は敗北。ドースト・アリー・ハーンは戦死し、アルコットも占領されました。ドースト・アリー・ハーンの死後、息子のサフダル・アリー・ハーンと娘婿チャンダー・サーヒブの間で太守位を巡る争いが起こりましたが、サフダル・アリー・ハーンがラグージー・ボーンスレーの支持を得て太守となりました。

チャンダー・サーヒブはティルチラーパッリに籠城しましたが、1741年初頭に捕虜となり、マラーター王国の首都サーターラーへ送られました。

両家の対立と第一次カーナティック戦争

1742年10月13日、サフダル・アリー・ハーンは従兄弟のムルタザー・アリー・ハーンによって暗殺されました。ニザームが介入し、サフダル・アリー・ハーンの幼い息子サアーダトゥッラー・ハーン2世が太守位を継ぎ、ホージャ・アブドゥッラー・ハーンが後見役となりました。ニザームとカルナータカ太守の軍勢はティルチラーパッリのマラーター勢力を包囲し、1742年8月29日に占領しました。

1744年3月にはホージャ・アブドゥッラー・ハーンが暗殺され、ニザームの代官アンワールッディーン・ハーンが太守の後見役となりました。同年7月、サアーダトゥッラー・ハーン2世も暗殺され、ナワーヤト朝の直系が絶えたため、アンワールッディーン・ハーンがニザーム王国により新太守に任命され、アンワーリーヤ朝が成立しました。

これに激怒したのが、ナワーヤット家のチャンダー・サーヒブでした。彼はサアーダトゥッラー・ハーン2世の義理の叔父で、ドースト・アリー・ハーンの娘婿である自分こそが新太守にふさわしいと考えていました。

こうして、ナワーヤット朝とアンワーリーヤ朝の対立が激化し、当時インドの覇権を争っていたイギリスとフランスが介入したことで、1746年に第一次カーナティック戦争が勃発しました。この戦争では、アンワールッディーン・ハーンがマドラス陥落直前に援軍を送ったことで、戦火は現地勢力も巻き込むことになりました。

太守の並立と第二次カーナティック戦争

1748年、デカンのニザーム王国で王位継承争いが起こり、フランスのデュプレクスはこれを利用しようとしました。同時期に、マラーター本国で幽閉されていたチャンダー・サーヒブも解放されました。デュプレクスはチャンダー・サーヒブやムザッファル・ジャングと結び、チャンダー・サーヒブはアンワールッディーン・ハーンから太守位を奪おうとしました。

1749年8月3日、フランス、チャンダー・サーヒブ、ムザッファル・ジャングの連合軍が、アンワールッディーン・ハーン軍をアンブールで破り、アンワールッディーン・ハーンは戦死しました。アンワールッディーン・ハーンの死後、息子のムハンマド・アリー・ハーンが新太守となりましたが、チャンダー・サーヒブも太守位を宣言したため、2人の太守が並立する形となりました。

ムハンマド・アリー・ハーンはイギリスと結んでティルチラーッパッリ城に逃げ込み、第二次カーナティック戦争が勃発します。1751年から1752年にかけて、チャンダー・サーヒブはフランスの援助のもとティルチラーパッリ城を攻めましたが、首都アルコットが手薄になった隙を突かれ、イギリスのロバート・クライヴに奪われてしまいました。

1752年4月にはチャンダー・サーヒブ自身も敗れ、タンジャーヴール・マラーター王国に援助を求めますが、裏切られて殺害されました。その後、デュプレクスは善戦したものの、1754年に戦費の問題で帰国させられ、和議が結ばれました。

ムハンマド・アリー・ハーンの治世と危機

ムハンマド・アリー・ハーンの治世は46年にも及び、カルナータカ地方政権は広大な領土を維持しましたが、ムガル帝国の主権を認め、皇帝シャー・アーラム2世と書簡をやり取りしていました。1760年には皇帝から「ワッラー・ジャー」の称号を賜り、その一族はワッラー・ジャー家と呼ばれるようになりました。

しかし、ムハンマド・アリー・ハーンはイギリスからの軍事援助の代償として、莫大な負債を抱え込むことになりました。また、イギリスだけでなく、東インド会社の幹部や商人など、個人からも多額の借金をしていました。さらに、マイソール王国との対立も続き、1755年までティルチラーパッリ周辺で争いました。ムハンマド・アリー・ハーンは地位を守るためにイギリス軍を駐留させておかなければならず、その駐留費がさらに負債を増やす要因となりました。

1763年にはマドラス周辺の土地をイギリスに割譲し、1767年には首都をアルコットからマドラスに移しました。1773年にはタンジャーヴール・マラーター王国を併合しましたが、これは失敗に終わり、1776年にタンジャーヴール・マラーター王国は復活しました。

マイソール戦争と国土の荒廃

1767年以降、イギリスとマイソール王国との間でマイソール戦争が勃発し、ムハンマド・アリー・ハーンはイギリスに協力しました。しかし、マイソールの支配者ハイダル・アリーは、ムハンマド・アリー・ハーンがイギリスと同盟していることに不満を抱き、1769年にはマドラス近郊まで進撃しました。

1780年に第二次マイソール戦争が勃発すると、ハイダル・アリーはカルナータカ地方政権の領土に侵攻し、旧都アルコットを占領しました。戦争は1784年まで続き、その間、カルナータカ地方政権の領土は略奪と破壊に晒されました。

イギリスへの従属

ムハンマド・アリー・ハーンはマイソール王国軍を撃退するためにイギリスに対して莫大な支払いを強いられ、負債はさらに増大しました。1781年にはイギリスが全領土の徴税権を奪い、1785年に一時的に徴税権を回復するも、1790年の第三次マイソール戦争勃発で再び徴税権を奪われました。1792年には徴税権を再度獲得しましたが、外交権を放棄させられ、事実上イギリスの保護下に置かれることになりました。

領土の接収と年金生活

1795年にムハンマド・アリー・ハーンが死去すると、息子のウムダトゥル・ウマラーが太守位を継承しました。1799年の第四次マイソール戦争では、イギリスに味方するように見せかけながらも、マイソール王国に密かに物資を供給するなどしました。戦争後、ウムダトゥル・ウマラーはイギリスからマイソール戦争での関与を疑われ、1801年に急死しました。

イギリスは1801年、後継者の甥アズィーム・ウッダウラとカーナティック条約を結び、マイソール王国への協力を理由に太守の全権と全領土を奪い、多額の年金をあてがうこととしました。これにより、カルナータカ太守は領土を失い、年金生活者となりました。1855年にはその年金も停止され、カルナータカ太守の歴史は事実上終焉を迎えました。

歴代太守

ズルフィカール・ハーン（Zulfikar Khan,在位：1692年 - 1703年）
ダーウード・ハーン・パンニー（Daud KhanPanni,在位：1703年 - 1710年）
サアーダトゥッラー・ハーン（Sa'adatullah Khan I, 在位：1710年 - 1732年）
ドースト・アリー・ハーン（Dost Ali Khan, 在位：1732年 - 1740年）
サフダル・アリー・ハーン（Safdar Ali Khan, 在位：1740年 - 1742年）
サアーダトゥッラー・ハーン2世（Sa'adatullah Khan II, 在位：1742年 - 1744年）
アンワールッディーン・ハーン（Anwaruddin Khan, 在位：1744年 - 1749年）
チャンダー・サーヒブ（Chanda Sahib, 在位：1749年 - 1752年）
ムハンマド・アリー・ハーン（Muhammad Ali Khan, 在位：1749年 - 1795年）
ウムダトゥル・ウマラー（Umdat-ul Umara, 在位：1795年 - 1801年）
アズィーム・ウッダウラ（Azim ud-Daula, 在位：1801年 - 1819年）
アーザム・ジャー（Azam Jah, 在位：1819年 - 1824年）
グラーム・ムハンマド・ガウス・ハーン（Ghulam Muhammad Ghause Khan, 在位：1824年 - 1855年）

参考文献

辛島昇『世界歴史大系 南アジア史3―南インド―』山川出版社、2007年。
ビパン・チャンドラ 著、栗原利江 訳『近代インドの歴史』山川出版社、2001年。

外部リンク

Prince of Arcot
Arcot Nawabs (1692 ・1855 AD)
The Arcot Diamonds
Princely States of India A-J

関連項目

ムガル帝国
* 南インド

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