カール・ヨハン・マキシモヴィッチ

カール・ヨハン・マキシモヴィッチ：東アジア植物研究の先駆者

カール・ヨハン・マキシモヴィッチ（Carl Johann Maximowicz、1827年 - 1891年）は、19世紀ロシアを代表する植物学者であり、特に被子植物の分類において多大な貢献をしました。彼はペテルブルク帝立科学アカデミーの会員であり、極東アジア地域の植物相研究に生涯を捧げ、数多くの新種を命名しました。その業績は、日本の植物学の発展にも大きく影響を与えました。

生涯と研究の軌跡

バルト・ドイツ人として生まれたマキシモヴィッチは、本名をカール・イワノヴィッチ・マキシモヴィッチ（Карл Ива́нович Максимо́вич）といいましたが、研究発表の際はドイツ風の表記であるカール・ヨハン・マキシモヴィッチを名乗りました。モスクワ近郊で生まれた彼は、タルトゥ大学でアレクサンダー・フォン・ブンゲに師事し、東アジアの植物相解明への情熱を抱くようになりました。

大学卒業後、サンクトペテルブルク帝立植物園標本館に勤務したマキシモヴィッチは、1853年にプチャーチン提督の遣日使節団に同行し、フリゲート艦ディアナ号で日本へ向かいました。クリミア戦争の影響で一時調査は中断されましたが、彼はアムール地方に3年間滞在し、植物相を調査しました。1859年には、その成果を「アムール地方植物誌予報」として発表し、デミトフ賞を受賞しました。

1860年、マキシモヴィッチは日本の植物相調査のため函館に到着し、約4年間滞在しました。彼は須川長之助を助手として雇い、渡島半島、九州などで精力的に植物を採集しました。長崎ではシーボルトとも面会しています。

帰国後、マキシモヴィッチは東アジアで収集した植物の研究結果をまとめ、「日本・満州産新植物の記載」として発表しました。彼は主任研究員、標本館館長、そして科学アカデミー正会員を歴任しました。その後、政府の方針により中央アジアの植物相調査に携わることになりましたが、インフルエンザにより1891年に亡くなりました。彼の東アジア植物相の解明への情熱は、志半ばで終わることとなりました。

マキシモヴィッチの業績

マキシモヴィッチは、ケンペル、ツンベルク、シーボルトに続く日本の植物相研究の流れを継承し、それを日本人植物学者へと引き継ぐ重要な役割を果たしました。彼は東アジア全域を研究対象とし、日本、朝鮮、中国、満州の植物相を比較することで、日本植物相の地理的な位置づけを明確にしました。また、シーボルトやツンベルクの標本や資料が散逸するのを防ぐため、積極的に収集しました。特に有名なのが、川原慶賀が描いた日本植物の写生画で、これはシーボルトの著書『フロラ・ヤポニカ』の挿絵にも使用されました。

マキシモヴィッチは、2300種にも及ぶ東アジアの植物を分類・命名しました。アサノハカエデ、イタヤカエデ、オニグルミ、キカラスウリ、クロビイタヤ、クロフネツツジ、ショウキラン、ミヤマエンレイソウ、セイタカスズムシソウ、チョウセンアサノハカエデ、トンボソウ、ナツエビネ、フモトスミレ、ベニシュスラン、ホソカエデ、ミズチドリ、ミネカエデ、メギ、メグスリノキ、メコノプシス・プニケアなどが彼の命名した植物の一例です。また、彼への献名としてウダイカンバ、オオバサンザシ、キレハハリギリ、コオニユリ、ドロノキ、ヒメバラモミ、メグスリノキ、ミヤコジマハマアカザ、ハタネズミ属の一種などが存在します。

日本人との交流

マキシモヴィッチは、矢田部良吉、松村任三、宮部金吾、伊藤篤太郎といった明治期の日本の植物学者に大きな影響を与えました。日本の植物学者は、新種と思われる植物をマキシモヴィッチに送り、その同定を依頼しました。彼は豊富な知識と経験を基に彼らに助言と指導を行い、日本の植物学の発展に貢献しました。

また、ロシアに留学した田代安定を科学アカデミー会員に推薦し、牧野富太郎とも交流がありました。牧野は、マキシモヴィッチに標本を送り、マルバマンネングサが新種として認められ、献名を受けたことを大変喜んだと伝えられています。牧野は、マキシモヴィッチの元で研究をすることを夢見ていましたが、彼の急死によりその留学は実現しませんでした。

マキシモヴィッチの日本での助手であった須川長之助は、彼の植物調査を支えた重要な人物です。マキシモヴィッチは長之助に植物採集の手ほどきを教え、長之助は函館近郊や岩手県など各地で植物を採集しました。マキシモヴィッチが帰国した後も、長之助は植物標本を送り続け、その関係はマキシモヴィッチが亡くなるまで続きました。マキシモヴィッチは、長之助に献名した植物種を多く残しています。また、長之助が採集したチョウノスケソウは、牧野富太郎によって命名されました。

マキシモヴィッチの業績は、東アジアの植物相研究において重要な礎を築いただけでなく、日本の植物学の発展にも大きく貢献しました。彼の名は、今も多くの植物の学名に刻まれています。

著作及び参考文献

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