キリストの埋葬 (ティツィアーノ)
『キリストの埋葬』は、ヴェネツィア派の巨匠ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1520年頃に油彩で描いた作品です。この絵画は、新約聖書に記されたイエス・キリストの埋葬の場面を題材としていますが、ティツィアーノはラファエロの同名の作品も意識し、キリストの遺体が墓へ移送される様子を描いています。
この作品は、ティツィアーノの初期の宗教画の中でも特に傑出した作品の一つであり、その劇的な明暗法は、画家の後年の作品を予見させるものです。現在、この絵画はパリのルーヴル美術館に所蔵されています。また、ティツィアーノは1559年と1572年にも同じ主題の作品を制作しており、それらはマドリードのプラド美術館に所蔵されています。
『キリストの埋葬』は、元々マントヴァのゴンザーガ家のコレクションにありましたが、1627年にイングランド王チャールズ1世によって購入されました。チャールズ1世の処刑後、この作品はオリヴァー・クロムウェルによって競売にかけられ、パリの銀行家エバーハルト・ジャバッハが購入しました。その後、1662年にフランス王ルイ14世の手に渡りました。
作品の制作年は、従来1525年頃とされていましたが、これは1525年以前に作品の記録がなかったためです。ゴンザーガ家がティツィアーノに制作を依頼した最初の絵画の一つと考えられていますが、ゴンザーガ家の手紙にはこの作品に関する言及はありません。1523年には、フェデリコ2世・ゴンザーガが叔父のアルフォンソ1世・デステに手紙を送り、ティツィアーノをフェラーラでの絵画制作から解放するように要請しています。
ティツィアーノ自身が署名したと思われる本作の複製が、トリジャーニ家のコレクションに存在しています。
絵画では、キリストの遺体が三人の男性によって墓へと運ばれている様子が描かれています。ニコデモが遺体の肩を、アリマタヤのヨセフが脚を、そして福音書記者聖ヨハネが腕を支えています。聖ヨハネの顔は、亡くなった画家ジョルジョーネを彷彿とさせると言われています。彼らの背後には、悲しみに暮れる聖母マリアがおり、マグダラのマリアが彼女を支えています。
作品は、キリストの遺体を強調する三角形の構図となっています。運ぶ三人の男性が緊密な構図を形成し、ヨセフを除く四人の視線と身振りがキリストに集中することで、画面に悲劇的な緊張感が生み出されています。ティツィアーノは、右側へ運ばれる遺体の動きを表現するため、光の方向を効果的に利用しています。光と影のコントラストは、画面の中央に位置するキリストの遺体の上で最も強く、キリストの顔は意図的に影で覆い隠され、場面の劇的な効果を高めています。
鑑賞者の視線は、キリストの脚と布の上を照らす光の部分から、上半身の影の部分へと自然に導かれます。影は墓の暗さを暗示し、作品の主題である「死」を象徴しています。
また、本作には「色彩の錬金術」と称されたティツィアーノの特徴がよく表れています。キリストを包む布の白、男たちの衣服の赤や緑、夕暮れの茜色など、鮮やかで輝かしい色彩が効果的に用いられています。
この作品は悲劇的な場面を描いていますが、古代ギリシア・ローマのレリーフのような自然さと流動性も示しています。この点で、この作品は同主題のポントルモやロッソ・フィオレンティーノの作品と比較できます。彼らはティツィアーノの作品の古典的な特徴を強調しました。
ヴァンサン・ポマレッド監修・解説『ルーヴル美術館 収蔵絵画のすべて』、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2011年刊行、ISBN 978-4-7993-1048-9
前川誠郎・クリスティアン・ホルニッヒ・森田義之『カンヴァス世界の大画家9 ジョルジョーネ/ティツィアーノ』、中央公論社、1984年刊行 ISBN 4-12-401899-1
中山公男・佐々木英也責任編集『NHKルーブル美術館IV ルネサンスの波動』、日本放送出版協会、1985年刊行 ISBN 4-14-008424-3
『プラド美術館ガイドブック』、プラド美術館、2016年刊行 ISBN 978-84-8480-353-9
Valcanover, Francesco (1969) (イタリア語). L'opera completa di Tiziano. Milan: Rizzoli
Zuffi, Stefano (2008) (イタリア語). Tiziano (Nuova ed.). Milano: Mondadori arte. ISBN 978-88-370-6436-5
Kaminski, Marion (2000) (German). Tiziano : 1488/1490-1576. Köln: Könemann. ISBN 3-8290-4553-0
ルーヴル美術館公式サイト、ティツィアーノ『キリストの埋葬』 (フランス語)
この作品は、ティツィアーノの初期の宗教画の中でも特に傑出した作品の一つであり、その劇的な明暗法は、画家の後年の作品を予見させるものです。現在、この絵画はパリのルーヴル美術館に所蔵されています。また、ティツィアーノは1559年と1572年にも同じ主題の作品を制作しており、それらはマドリードのプラド美術館に所蔵されています。
歴史
『キリストの埋葬』は、元々マントヴァのゴンザーガ家のコレクションにありましたが、1627年にイングランド王チャールズ1世によって購入されました。チャールズ1世の処刑後、この作品はオリヴァー・クロムウェルによって競売にかけられ、パリの銀行家エバーハルト・ジャバッハが購入しました。その後、1662年にフランス王ルイ14世の手に渡りました。
作品の制作年は、従来1525年頃とされていましたが、これは1525年以前に作品の記録がなかったためです。ゴンザーガ家がティツィアーノに制作を依頼した最初の絵画の一つと考えられていますが、ゴンザーガ家の手紙にはこの作品に関する言及はありません。1523年には、フェデリコ2世・ゴンザーガが叔父のアルフォンソ1世・デステに手紙を送り、ティツィアーノをフェラーラでの絵画制作から解放するように要請しています。
ティツィアーノ自身が署名したと思われる本作の複製が、トリジャーニ家のコレクションに存在しています。
作品
絵画では、キリストの遺体が三人の男性によって墓へと運ばれている様子が描かれています。ニコデモが遺体の肩を、アリマタヤのヨセフが脚を、そして福音書記者聖ヨハネが腕を支えています。聖ヨハネの顔は、亡くなった画家ジョルジョーネを彷彿とさせると言われています。彼らの背後には、悲しみに暮れる聖母マリアがおり、マグダラのマリアが彼女を支えています。
作品は、キリストの遺体を強調する三角形の構図となっています。運ぶ三人の男性が緊密な構図を形成し、ヨセフを除く四人の視線と身振りがキリストに集中することで、画面に悲劇的な緊張感が生み出されています。ティツィアーノは、右側へ運ばれる遺体の動きを表現するため、光の方向を効果的に利用しています。光と影のコントラストは、画面の中央に位置するキリストの遺体の上で最も強く、キリストの顔は意図的に影で覆い隠され、場面の劇的な効果を高めています。
鑑賞者の視線は、キリストの脚と布の上を照らす光の部分から、上半身の影の部分へと自然に導かれます。影は墓の暗さを暗示し、作品の主題である「死」を象徴しています。
また、本作には「色彩の錬金術」と称されたティツィアーノの特徴がよく表れています。キリストを包む布の白、男たちの衣服の赤や緑、夕暮れの茜色など、鮮やかで輝かしい色彩が効果的に用いられています。
この作品は悲劇的な場面を描いていますが、古代ギリシア・ローマのレリーフのような自然さと流動性も示しています。この点で、この作品は同主題のポントルモやロッソ・フィオレンティーノの作品と比較できます。彼らはティツィアーノの作品の古典的な特徴を強調しました。
参考文献
ヴァンサン・ポマレッド監修・解説『ルーヴル美術館 収蔵絵画のすべて』、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2011年刊行、ISBN 978-4-7993-1048-9
前川誠郎・クリスティアン・ホルニッヒ・森田義之『カンヴァス世界の大画家9 ジョルジョーネ/ティツィアーノ』、中央公論社、1984年刊行 ISBN 4-12-401899-1
中山公男・佐々木英也責任編集『NHKルーブル美術館IV ルネサンスの波動』、日本放送出版協会、1985年刊行 ISBN 4-14-008424-3
『プラド美術館ガイドブック』、プラド美術館、2016年刊行 ISBN 978-84-8480-353-9
Valcanover, Francesco (1969) (イタリア語). L'opera completa di Tiziano. Milan: Rizzoli
Zuffi, Stefano (2008) (イタリア語). Tiziano (Nuova ed.). Milano: Mondadori arte. ISBN 978-88-370-6436-5
Kaminski, Marion (2000) (German). Tiziano : 1488/1490-1576. Köln: Könemann. ISBN 3-8290-4553-0
外部リンク
ルーヴル美術館公式サイト、ティツィアーノ『キリストの埋葬』 (フランス語)
もう一度検索
【記事の利用について】
タイトルと記事文章は、記事のあるページにリンクを張っていただければ、無料で利用できます。
※画像は、利用できませんのでご注意ください。
【リンクついて】
リンクフリーです。