サロメ (ティツィアーノ)

ティツィアーノの『サロメ』：官能と悲劇の交錯

ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1515年頃に描いたとされる油彩画『サロメ』は、洗礼者ヨハネの首を持つサロメを描いた作品として知られています。この絵画は、その卓越した描写力と主題の複雑さから、長年にわたり美術史家や愛好家の間で議論の対象となってきました。

作品の主題と解釈

この絵画の主題は、一般的には新約聖書に登場するサロメとされています。サロメは、ヘロデ・アンティパス王の誕生日の宴で舞いを披露し、その褒美として母ヘロディアの指示に従い、洗礼者ヨハネの首を求めたとされています。しかし、この絵画は、以前は旧約聖書に登場する女傑ユディトがホロフェルネスの首を持つ場面を描いたものだと考えられていました。また、サロメの母であるヘロディアを描いたものとする説もありました。サロメとユディトはともに、権力を持つ男性の命を奪う女性として描かれることがありますが、教会ではサロメとヘロディアが悪人として描かれる一方で、ユディトは英雄的な女性として扱われていました。この作品では、サロメはヨハネの首から目を背けているものの、視線は首に注がれており、その内面の葛藤が表現されていると解釈できます。また、侍女の存在もユディト説を支持する根拠とされていましたが、首の運び方からサロメを描いたものと考えるのが妥当でしょう。

ティツィアーノの様式とモデル

『サロメ』は、ティツィアーノの初期の作品であり、その作風は後の作品に見られるものとは異なります。この作品の肌の柔らかさや髪の毛の描写には、ティツィアーノの卓越した技術が見られます。また、描かれている女性は、ティツィアーノの他の作品に登場する女性と同一人物である可能性が指摘されています。特にアルテ・マイスター絵画館の『眠れるヴィーナス』やウォレス・コレクションの『ヴィーナスとキューピッド』に描かれた女性と似ているとされています。これらの作品と同様に、『サロメ』の女性も理想化された美しさを持っていると言えるでしょう。

作品の歴史と変遷

この絵画は、長年にわたり様々なコレクションを渡り歩いてきました。最初に記録に現れるのは、1533年にフェラーラ公爵アルフォンソ1世・デステのコレクションに記録された『ユディト』という作品であるとされています。その後、1592年にはルクレツィア・デステが『ヘロディア』と呼ばれる絵画を所有していたという記録がありますが、これらが本作品である確証はありません。1598年にフェラーラが教皇領に併合された後、枢機卿ピエトロ・アルドブランディーニがエステ家の絵画コレクションを没収し、その中に『サロメ』が含まれていた可能性があります。そして、1603年までにピエトロ・アルドブランディーニは2枚のティツィアーノ作の『サロメ』を所有しており、そのうちの1枚がドーリア・パンフィーリ美術館に、もう1枚がノートン・サイモン美術館に所蔵されています。

18世紀には『ヘロディア』と呼ばれていましたが、多くの外国人には『ユディト』と認識されていました。ドーリア・パンフィーリ美術館のコレクションは、オリンピア・アルドブランディーニの持参金としてパンフィーリ家に引き継がれました。また、保存状態の悪い方は、18世紀末に売却されました。

ノートン・サイモン美術館に所蔵されているバージョンは、1801年から1859年にかけてはティツィアーノの作品として販売されましたが、1891年にはジョルジョーネの作品とされました。

帰属をめぐる議論

この絵画の帰属は、長年にわたり議論の対象となってきました。初期の記録ではティツィアーノの作品とされていましたが、19世紀にはジョルジョーネの作品とされ、その後、イル・ポルデノーネの作品とされました。しかし、1890年にジョヴァンニ・モレッリがティツィアーノの作品として再帰属し、現在では、ほとんどの研究者がティツィアーノの作品と考えています。

制作年についても、1515年頃とする説が一般的でしたが、チャールズ・ホープは様式的な観点から1511年頃に制作されたとしています。

作品の複製と他のバージョン

『サロメ』は、ティツィアーノ自身や工房によって何度も複製されています。ノートン・サイモン美術館に所蔵されているバージョンは、工房作の中で最も優れた作品であると考えられています。また、プラド美術館に所蔵されている『サロメ』は、頭の上に盆に乗せた洗礼者ヨハネの首を持ち、ティツィアーノの娘ラヴィニアをモデルとした可能性が指摘されています。さらに、東京の国立西洋美術館にもティツィアーノの『サロメ』が所蔵されています。

これらの複製や他のバージョンは、ティツィアーノの『サロメ』がいかに人気があり、多くの人々に影響を与えてきたかを示しています。

まとめ

ティツィアーノの『サロメ』は、その美しい描写と、官能的でありながらも悲劇的なテーマが融合した傑作です。この作品は、サロメの物語を語るだけでなく、ティツィアーノ自身の芸術的な進化を示すものでもあります。また、作品の来歴や帰属をめぐる議論は、美術史研究における重要な事例を提供してくれます。

この絵画は、美術史家や愛好家にとって、今後も研究と鑑賞の対象として長く愛され続けるでしょう。

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