ザビード

古都ザビード：歴史と文化が息づく街

ザビードは、イエメンのフダイダ県に位置する歴史的な都市です。紅海から約20km内陸に位置し、豊かな農業生産と交易によって繁栄しました。かつては、イエメンにおけるいくつかの王朝の首都が置かれたほか、イスラーム世界の宗教・学術の中心地としても重要な役割を果たしました。

地理と交易の要衝

ザビードは、ティハーマ平野に位置し、「ワーディー・ザビード」と「ワーディー・リマア」という二つのワジ（涸れ川）に挟まれています。これらのワジは、季節によって水が流れ、農業を支えてきました。また、ザビードは、アラビア半島の陸上交易路と紅海・インド洋の海上交易路を結ぶ結節点であり、メッカへの巡礼路上にも位置する交通の要衝でした。

繁栄と衰退の歴史

9世紀初頭、アッバース朝のカリフ、マアムーンが部族反乱を鎮圧するために派遣したムハンマド・イブン・ズィヤードによって、ザビードは建設されました。イブン・ズィヤードはズィヤード朝を建国し、ザビードを首都としました。その後、ナジャフ朝もザビードを首都としましたが、12世紀にはアイユーブ朝の支配下に入りました。建設当初は軍事拠点に過ぎなかったザビードですが、10世紀には「イエメンのバグダード」と称されるほどの繁栄を遂げました。13世紀から16世紀にかけては、ラスール朝とターヒル朝のもとで最盛期を迎えました。ラスール朝は、モスクやマドラサを多数建設し、市場などの都市整備を積極的に行いました。14世紀には、城壁で囲まれた都市には200以上のモスクやマドラサが林立し、学術都市として名を馳せました。しかし、16世紀にはマムルーク朝による破壊と略奪によって大きな被害を受け、その後、オスマン帝国の支配下に入ると、イエメンの代表都市としての地位をサナアに奪われ、衰退の一途をたどりました。

建築物：歴史を語る建造物群

ザビードには、歴史を物語る多くの建築物が残っています。城壁に囲まれた旧市街には、大モスクやシャーフィイー学派のマドラサであるザビード大学などが存在します。特に、モスクの数はサナアに次いで多く、86ものモスクが点在しています。ラスール朝時代に発達した独自の建築様式は、平屋根を持つモスクに特徴が見られます。また、一般住居であるムラバスは、白く塗られたレンガ造りで、幾何学模様のレリーフで飾られています。ムラバスが立ち並ぶ狭い路地は、迷路のようです。主な建築物としては、大モスク、アル・アシャーイル・モスク、ナスル城、ドネダル・モスク、ファーティニーヤ・マドラサなどが挙げられます。

世界遺産としてのザビード

1993年、ザビードは「古都ザビード」としてユネスコの世界遺産に登録されました。登録基準は以下の通りです。

(2) ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
(4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。
(6) 顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と直接にまたは明白に関連するもの。

しかし、ザビードは建物の荒廃や都市の近代化により伝統的な景観が失われつつあります。古い家屋の多くがコンクリート造りに改築され、市場も保全が不十分な状況です。また、地震の被害も懸念されています。そのため、2000年には危機遺産リストにも登録されました。ザビードは、歴史と文化が色濃く残る貴重な都市ですが、その保全は喫緊の課題となっています。


参考文献
栗山保之, 「ザビード -南アラビアの学術都市-」『オリエント』 37巻 2号 1994年 p.53-74 日本オリエント学会, doi:10.5356/jorient.37.2_53
栗山保之「南アラビアの学術都市ザビードとイブン・アッダイバ」『アジア遊学』 86号 勉誠出版、2006年
平山郁夫監修『SOS世界危機遺産』小学館文庫、小学館、2006年
古田陽久、古田真美『世界遺産ガイド 危機遺産編2013改訂版』シンクタンクせとうち総合研究機構、2012年
松本弘「ザビード」『岩波イスラーム辞典』岩波書店、2002年
イブン・バットゥータ『大旅行記』3巻 家島彦一訳注、東洋文庫、平凡社、1998年3
ユネスコ世界遺産センター監修『ユネスコ世界遺産 3（西アジア）』講談社、1998年

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