アンティオキア公国

アンティオキア公国：十字軍国家の興亡

アンティオキア公国は、11世紀末、第1回十字軍によって建設された十字軍国家の一つです。シリア北部の戦略的重要都市、アンティオキアを首都とし、その歴史は近隣勢力との激しい抗争、複雑な外交関係、そして時代の変遷を反映したドラマチックなものでした。

建国と拡大：ボエモン1世とタンクレード

十字軍遠征以前、アンティオキアはセルジューク朝の支配下にありましたが、1098年、激しい攻囲戦の末に十字軍が勝利を収めます。この戦いで活躍したノルマン人出身のボエモン1世は、アンティオキアを掌握し、公国を建設。エルサレム攻略という十字軍の本来目的を脇に置き、新たな領土の確立に尽力しました。

しかし、ボエモン1世は小アジアのセルジューク系ムスリム勢力との戦いで捕虜となり、その間は甥のタンクレードが摂政を務めました。ボエモン1世釈放後も、アンティオキアの帰属をめぐって東ローマ帝国との緊張関係が続き、ボエモン1世は一時イタリアに帰国。タンクレードは摂政として公国の独立を維持し、エデッサ伯国と協力して領土拡大を続けました。タンクレードは東ローマ帝国からラタキアを奪取、アレッポを支配するセルジューク朝と戦い、シリア北部に勢力を拡大。アンティオキア公国の基礎を築いた人物と言えるでしょう。

衰退と内紛：エルサレム王国の影響と内乱

タンクレードの死後、公国は内紛とエルサレム王国との複雑な関係に悩まされます。サレルノ伯ロジェが摂政を務めた後、エルサレム王ボードゥアン2世が摂政として介入、アンティオキア公国は事実上エルサレム王国の保護国となります。ボエモン2世が公位を継承しましたが、若くして戦死。未亡人のアリックスが女公となりますが、エルサレム王国との対立を招き、公位を奪われます。その後、エルサレム王フルクの介入によって、レーモン・ド・ポワティエが公となり、公国はさらにエルサレム王国の影響下に置かれました。しかし、この頃にはすでにザンギー朝の勢力が拡大し、アンティオキア公国の領土は縮小し始めていました。

強盗騎士ルノー・ド・シャティヨンと東ローマ帝国

1149年、レーモン・ド・ポワティエが戦死すると、コンスタンスが女公となり、その後「強盗騎士」として知られるルノー・ド・シャティヨンと結婚します。ルノーはキプロス島を襲撃するなど、周囲を敵に回す暴挙に出ます。東ローマ帝国皇帝マヌエル1世はアンティオキアに遠征、ルノーは臣従を誓わされました。その後、ルノーはアレッポ北部を襲撃しようとして捕らえられ、ボエモン3世が公位を継承しました。ボエモン3世は東ローマ帝国との関係改善を図り、皇帝マヌエル1世の姪と結婚、正教会の総主教をアンティオキアに迎え入れました。さらに、マヌエル1世の次妃にはボエモン3世の異母姉が選ばれるなど、東ローマとの関係強化を図りました。ルノーはその後釈放されましたが、1187年のハッティンの戦いでサラーフッディーンに敗れ、処刑されました。

ムスリム勢力の台頭とモンゴル軍の介入

12世紀後半、ヌールッディーン、そしてサラーフッディーンの台頭により、ムスリム勢力の圧力は増大しました。ハッティンの戦いでの敗北後、アンティオキア公国はイタリアの都市国家の支援を受けて辛うじて存続しましたが、その勢力は大きく衰えました。

13世紀には、キリキア・アルメニア王国との関係強化と、それに伴う抗争が続きました。さらに、モンゴル軍のシリア進軍に際しては、キリキア・アルメニア王国と協力してモンゴル軍に加勢しましたが、アイン・ジャールートの戦いで敗北。マムルーク朝のバイバルスはアンティオキアを攻撃、1268年に公国は滅亡しました。アンティオキアは破壊され、かつての栄光は失われました。その後、トリポリ伯国も滅亡し、アンティオキア公国は歴史の表舞台から姿を消しました。

歴代君主

ボエモン1世
タンクレード（摂政）
ボエモン2世
サレルノ伯ロジェ（摂政）
エルサレム王ボードゥアン2世（摂政）
アリックス（女公）
エルサレム王ボードゥアン2世
エルサレム王フルク
レーモン・ド・ポワティエ
コンスタンス（女公）
ルノー・ド・シャティヨン
ボエモン3世
ボエモン4世
レーモン・ルーペン
ボエモン4世（復位）
ボエモン5世
* ボエモン6世

アンティオキア公国は、十字軍国家の中でも特に激動の時代を生き抜いた国家でした。その興亡は、宗教、政治、軍事、そして人々のドラマが複雑に絡み合った結果であり、中世地中海の歴史を理解する上で重要な位置を占めています。

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