ジャン・ゲーノ

ジャン・ゲーノ（Jean Guéhenno、1890年 3月25日 - 1978年 9月22日）は、フランスの重要な作家、文芸評論家であり、1962年から死去までアカデミー・フランセーズ会員を務めました。彼は一貫して人道主義的な社会主義者としての立場を堅持しました。

苦学の道のり

ブルターニュ地方のフージェールで、靴修理工の父と靴縫製工の母のもとにマルセル・ゲーノとして生を受けた彼の家庭は貧しく、父親の病のため14歳で学校を断念せざるを得ませんでした。しかし、彼は独学の道を歩み、夜間に勉強を重ねてバカロレア（大学入学資格）を取得。奨学金を得てレンヌ高等師範学校の受験準備級に学び、パリのリセ・ルイ＝ル・グランを経て、1911年には高等師範学校への入学を果たしました。

戦争と教職

1914年に第一次世界大戦が勃発すると、ゲーノは歩兵連隊に加わり従軍。1915年には重傷を負いクロワ・ド・ゲール勲章を授与されましたが、復員を拒み、リヨンで郵便物検閲の業務に携わりました。また、失明した兵士たちのための病院で学校長として社会復帰支援に尽力しました。

戦後の1920年に文学のアグレガシオン（一級教員資格）を取得し、ドゥエーやリールの高等学校で教鞭を執りました。リールでは文科受験準備級を新設しています。彼は「精神的な貴族階級の擁護と機会均等の原則の両立」を自身の教育理念とし、パリの名門リセ、ラカナル校、アンリ四世校、ルイ＝ル・グラン校でも教壇に立ちました。

『ユーロープ』誌と「精神の独立」

教職の傍ら、ゲーノは文筆活動を開始し、『パリ評論』や『新フランス評論（NRF）』などに寄稿しました。そして、1929年から1936年にかけて、ロマン・ロランが1923年に創刊した文芸誌『ユーロープ（欧州）』の編集長を務めます。この雑誌は、ロマン・ロランの掲げる「精神の独立」に基づいた平和主義を旨とし、第一次大戦後のヨーロッパ再建に関する重要な議論の場となりました。

特に1934年の反ファシズム運動が勃発した際には、『ユーロープ』誌が反ファシズム知識人監視委員会の最初の議論の場となり、ゲーノ自身もその会員となりました。しかし、同誌はやがて共産党の影響力が強まり、「精神の独立」を重んじるゲーノは編集長を辞任するに至ります。彼は共産主義自体よりも当時の共産党の政策、特にソ連の状況に批判的であり、スターリンによるモスクワ裁判が始まると、同委員会の中でいち早く批判的な記事を発表しました。彼はロマン・ロランと同様に、いかなる政党からも独立した立場を貫きました。ロマン・ロランが同誌を創刊した意図も「超党派で政治とは無関係な」自由な思想の表現の場とする点にあり、ゲーノの編集長時代はまさにその精神が体現されていました。彼の『ユーロープ』掲載記事は、後に妻アニーによって『過去と未来の間で』としてまとめられています。

また、1935年には人民戦線の機関紙的な役割を担った左派系週刊新聞『ヴァンドルディ（金曜日）』をアンドレ・シャンソン、アンドレ・ヴィオリスらと共に創刊。この新聞はロマン・ロランの「抵抗の精神」を受け継ぎましたが、人民戦線の崩壊と共に1938年に廃刊となりました。

対独レジスタンスと地下出版

1939年に第二次世界大戦が勃発し、フランスがドイツに占領されると、ゲーノは知識人による対独レジスタンス運動に深く関わります。彼は「全国作家委員会」の結成に参加し、さらに共産党系のレジスタンス組織「国民戦線」が発行した地下出版の文芸月刊誌『レットル・フランセーズ（フランス文学）』のグループでも活動しました。これは対独協力作家に対抗する重要なレジスタンス文学の拠点の一つでした。

さらに、ヴェルコールらが立ち上げた地下出版の「深夜叢書」の活動に参加し、セヴェンヌという筆名でレジスタンス文学作品『監獄で』を出版しました。この「深夜叢書」からは、ヴェルコールの『海の沈黙』、アラゴンやモーリアック、エリュアールといった著名作家の作品が次々と世に出され、占領下の抵抗精神を象徴する存在となりました。ゲーノはこれらの多大な貢献が認められ、1947年にレジスタンス勲章を受章しています。

この戦時中には、彼のライフワークとも言える「ジャン＝ジャック・ルソー伝」の執筆も開始され、これは戦後1948年から52年にかけて3巻本として刊行されました。また、ヴィシー政権下ではパリのリセ・ビュフォンで教鞭を執りましたが、下の学年に降格されるという不遇も経験しました。

戦後の活動と晩年

第二次大戦後、フランス共和国臨時政府からの要請で国民教育省内に人民文化・青年運動事務局を設立しましたが、事業方針を巡る対立から早期に辞任しました。その後、国民教育省の視学官としてアフリカや南北アメリカを視察し、その記録は『紀行』として出版されました。

1946年にアニー・ロスパベと再婚。彼女は自身もレジスタンス運動に身を投じ、ゲシュタポに逮捕されながらも強制収容所への護送中に脱出するという劇的な経験を持つ女性でした。アニーは後に作家としてその経験を描く傍ら、夫ゲーノの秘書を務めました。

ジャーナリストとしても活躍し、1944年から『フィガロ』紙、晩年は『ル・モンド』紙でコラムを担当しました。そして、1962年にはエミール・アンリオの後任として、フランス最高の知性の府とされるアカデミー・フランセーズの会員に選出されました。

1978年7月、パリでの講演中に脳梗塞に見舞われ、同年9月22日に88歳で死去。遺灰は彼の故郷ブルターニュ沖に散布されました。

受賞・栄誉

レジオンドヌール勲章コマンドゥール
クロワ・ド・ゲール勲章（1915年）
レジスタンス勲章（1947年）
大使賞（1953年）
パリ市大賞（1955年）
イヴ・ドラクロワ賞（1960年）
青年文学賞（1961年）
チーノ・デル・ドゥーカ世界賞（1973年）

主な著作

『永遠の福音 ― ミシュレ研究』（1927年）
『キャリバンが語る』（1928年）
『人間的なものへの回心』（1931年）
『四十男の日記』（1934年）- 自伝
『フランスの青春』（1936年）
『ある革命の証言』（1939年）- 人民戦線時代の記録
『監獄にて』（1944年）- セヴェンヌ名義
『深夜の日記』（1947年）- 対独レジスタンス期の記録
「ジャン＝ジャック・ルソー伝」全3巻（1948-1952年）
『紀行』（1952年）
『精神の冒険』（1954年）
『フランスと黒人』（1954年）
『困難な信仰』（1957年）
『人間の道』（1959年）
『人生を変える ― 少年時代・青年時代』（1961年）- 自伝
『想うこと』（1964年）
『他人の死』（1968年）
『キャリバンとプロスペロー』（1969年）
『老作家の手帖』（1971年）
『最後の光、最後の喜び』（1977年）
『過去と未来の間で』（1979年）- 『ユーロープ』誌掲載記事集

主な往復書簡集

『精神の独立 ― ジャン・ゲーノ＝ロマン・ロラン往復書簡（1919-1944）』（1975年）
* ジャン・ジオノ、ジャン・ポーラン、ルイ・ギユーなど、多くの作家・知識人との往復書簡集も刊行されています。

ジャン・ゲーノは、貧困から身を起こし、知性と人文主義を武器に時代と対峙した稀有な存在でした。その生涯は、教育の機会均等を求め、政党やイデオロギーの束縛を受けずに「精神の独立」を守り抜くことの重要性を示しています。彼の著作は、個人の内面と社会状況を鋭く捉えた記録として、今日でも多くの示唆を与えています。

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