センブリ

センブリ（千振）

センブリ（学名：Swertia japonica）は、リンドウ科センブリ属に分類される二年草です。その名の通り、非常に強い苦味を持つことで知られ、古くから薬草として利用されてきました。生薬名としては「当薬（とうやく）」とも呼ばれています。

名称の由来

和名であるセンブリの由来は、植物全体が非常に苦く、煎じてもなお苦味が残ることから、「千度振り出してもまだ苦い」という意味で名付けられたとされています。別名である「当薬」は、その苦味を試した人が「まさに薬である」と言ったという伝説から来ています。また、「医者倒し」という別名も、その薬効の高さを示唆しています。

分布

センブリは、中国、朝鮮半島、そして日本に分布しています。日本では、本州の関東地方以西、四国、九州にかけて広く見られ、丘陵地やマツ林など、日当たりが良く、やや湿り気のある山野の草地に生育しています。また、先駆植物としても知られ、湿った切り通しの斜面などにも見られます。

特徴

センブリは、小型の二年生草本で、草丈は5cmから20cm程度です。一年目は、発芽した芽がロゼット状に広がり、冬を越します。二年目になると茎が立ち上がり、単立するか、根元から数本に分かれて生えます。茎は薄紫色を帯び、断面はやや四角形をしています。葉は、根元から出る葉が倒披針形、茎につく葉は細長い線形をしています。

花期は秋で、8月から11月にかけて、枝先に円錐状の花序をつけ、上向きに白い5弁の花を咲かせます。花弁には淡紫色の脈があり、内側には蜜腺があります。果実は朔果で、種子はやや丸みを帯びています。植物全体が非常に苦く、特に根は黄色を帯びています。

利用

センブリは、ゲンノショウコ、ドクダミと共に、日本の三大民間薬の一つとして知られています。古くから苦味健胃薬として用いられており、食欲不振や消化不良、胃痛、下痢などの症状に効果があるとされています。また、外用として、抜け毛やフケの改善、発毛促進にも用いられます。

薬用には、開花期の全草を天日乾燥させたものが用いられ、これを「当薬」と呼びます。日本薬局方にも収載されており、苦味チンキやセンブリ末の材料として使用されています。漢方薬には用いられず、日本固有の生薬です。

民間では、乾燥した全草を煎じて服用するほか、粉末にして服用する方法も知られています。しかし、胃腸を冷やす作用があるため、連用は避け、頓服として用いることが推奨されています。また、妊婦や胃腸が弱い人は服用を控えるべきとされています。

センブリには、スウェルチアマリン、スエロサイド、アマロゲンチンなどの苦味配糖体や、オレアノール酸などのトリテルペノイドが含まれています。これらの苦味成分が、味覚神経を刺激し、唾液や胃液の分泌を促し、消化機能を高める効果があると考えられています。

近年では、センブリの成分であるスウェルチアマリンがドーパミンD2受容体を阻害することで、胃腸への作用を示すことが研究で明らかになっています。また、センブリのメタノール抽出物には、抗コリン作用があり、胃腸の働きを調整する効果があることも示唆されています。

栽培と生産

センブリは山野草として苗が市販されていますが、栽培は非常に難しいとされています。水はけの良い半日陰地を好み、種子から育てる場合は、晩秋に採取した種子を春に蒔き、湿度を保ちながら育てる必要があります。

医薬品などに利用されるセンブリは、ほぼ全量が日本国内で生産されています。かつては野生の株の採集に頼っていましたが、栽培技術が確立され、現在は長野県や高知県などで契約栽培されています。

センブリにまつわる話

センブリが胃薬として用いられるようになった背景には、蘭学の影響があると言われています。シーボルトが、俵に入ったセンブリをゲンチアナと間違えたという逸話が残っています。ヨーロッパでは、ゲンチアナのような苦い薬を胃腸薬として使用していました。

センブリは、その苦味が舌を刺激し、食欲増進に効果があると考えられていますが、胃疾患に対する直接的な効果は、苦味配糖体以外には確認されていません。それでも胃の万能薬としてもてはやされているのは、「苦ければ胃に良い」という誤解によるものと考えられています。

種の保全状況

センブリは、日本では多くの都道府県でレッドリストに指定されており、絶滅危惧種として保護されています。その要因としては、草地の開発、森林開発、生育環境の自然遷移、園芸目的や薬草としての採取などが挙げられます。国立公園や国定公園などでは、採集が禁止されています。

近縁種

センブリには、葉の幅が広い変種のヒロハセンブリや、花冠が薄紫色の近縁種ムラサキセンブリなどがあります。また、イヌセンブリという近縁種も存在します。

これらの近縁種も、それぞれ薬効を持つとされています。

脚注

注釈

出典

参考文献
大嶋敏昭監修『花色でひける山野草・高山植物』成美堂出版、2002年
貝津好孝『日本の薬草』小学館、1995年
兼子まや「薬用植物センブリ・ミシマサイコ 生産の効率化に関する研究」千葉大学、2013年
川原勝征『食べる野草と薬草』南方新社、2015年
高村忠彦（監修）『季節の野草・山草図鑑』日本文芸社、2005年
田中孝治『効きめと使い方がひと目でわかる 薬草健康法』講談社、1995年
田中澄江『新・花の百名山』文藝春秋、1995年
田中澄江『花の百名山』文春文庫、1997年
近田文弘「東京都八丈島で見出されたセンブリの新変種ヒロハセンブリ」国立科学博物館、2005年
佐竹義輔、大井次三郎、北村四郎、亘理俊次、冨成忠夫 編『日本の野生植物 草本III合弁花類』平凡社、1981年
主婦と生活社編『野山で見つける草花ガイド』主婦と生活社、2007年
馬場篤『薬草500種－栽培から効用まで』誠文堂新光社、1996年
林弥栄『日本の野草』山と溪谷社、2009年
藤永真史、佐藤豊三、柳沢一馬、荒井好郎「Uredo sp. によるセンブリさび病(新称)」日本植物病理学会、1999年
宮沢洋一、萩原博司「センブリの栽培研究(第1報) : 発芽について」日本生薬学会、1975年

関連項目

センブリ属
民間薬
生薬一覧

外部リンク

伝統医薬データベース・センブリ 富山大学和漢医薬学総合研究所
センブリ 公益財団法人東京生薬協会
薬草たちの横顔・センブリ（リンドウ科） Swertia japonica Makino 揖斐川町
井上博之, 上田伸一, 下川徳明、せんぶりSwertia japonica MAKINOより得られる人工塩基について
* センブリの標本（山形県立博物館）

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