タルテュビオス

古代ギリシア神話に登場するタルテュビオス（古希: Ταλθύβιος）は、ミュケーナイの王アガメムノーンに仕えた忠実な伝令使です。彼は同僚のエウリュバテースと共に王の傍らにあり、トロイア戦争の全期間を通じて重要な役割を果たしました。単なる使者としてだけでなく、物語の節目や劇的な瞬間に立ち会う人物として描かれています。

神話における役割

タルテュビオスは、トロイア遠征が開始される前から、アガメムノーンの命を受け様々な任務に奔走しました。例えば、トロイア戦争の発端に関わる出来事として、彼はメネラーオス、オデュッセウスと共にキプロス島へと赴き、キニュラース王に遠征軍への参加を説得しています。また、女神アルテミスの怒りに触れ、アウリスの港で順風を待つ間に遠征軍が足止めされた際には、イーピゲネイアを犠牲に捧げるため、オデュッセウスと共にその母クリュタイムネーストラーのもとへ派遣され、娘をアウリスへ連れてくるよう促しました。

トロイア戦争が開戦してからも、タルテュビオスの活動は続きます。アキレウスがアガメムノーンと対立し、その戦利品である女性ブリーセーイスを返上させられた際には、エウリュバテースと共にアキレウスの陣営へ赴き、ブリーセーイスを引き取りました。また、メネラーオスがヘレネーを巡ってパリスと一騎討ちを行った際には、アガメムノーンの指示で大地母神ガイアと太陽神ヘーリオスに捧げる供儀用の仔羊を船から運び出しています。さらに、メネラーオスがパンダロスの不意打ちによって傷を負うと、彼は医術に長けたマカーオーンを呼びに遣わされました。両軍を代表して行われたヘクトールと大アイアースの一騎討ちが日没で決着を見なかった際には、トロイア側の伝令使イーダイオスと共に戦いを止めさせる役割も担いました。終盤、アガメムノーンとアキレウスが和解した際には、大神ゼウスとヘーリオスへの供儀のためにイノシシを用意し、アガメムノーンが行う儀式を補佐するなど、重要な儀礼にも深く関わっています。

悲劇作品への登場

タルテュビオスは、その職務上の役割から、悲劇作品にもたびたび登場し、劇的な展開における重要な情報伝達者として描かれています。特に、トロイア陥落後の悲惨な出来事を描いたエウリーピデースの『トロイアの女』においては、彼の存在が悲劇性を一層際立たせています。この作品でタルテュビオスは、プリアモスの老いた妻ヘカベーに対し、トロイア王家の女性たちの過酷な運命を告げる役目を担います。すなわち、ヘカベー自身がオデュッセウスに、預言者カッサンドラーがアガメムノーンに、そしてヘクトールの妻アンドロマケーがアキレウスの子ネオプトレモスにそれぞれ奴隷として与えられる決定を伝えました。さらに、アキレウスの墓前で娘ポリュクセネーが犠牲として殺されたという衝撃的な知らせもヘカベーに伝えています。また、アンドロマケーに対しても、ヘクトールとの間に生まれた幼い息子アステュアナクスが殺されなければならないという非情な決定を告げなければなりませんでした。同じくエウリーピデースの『ヘカベー』でも、タルテュビオスはヘカベーにポリュクセネーの死を知らせる重要な役どころを演じています。

後世における伝承

タルテュビオスは神話の中だけでなく、後世の歴史家や地理学者によっても言及されています。パウサニアースの記録によれば、ギリシア本土のスパルタにあるヘレニオンや、アカイア地方のアイギオンには、タルテュビオスの墓と伝えられる場所が存在したとされています。さらにヘーロドトスは、スパルタにタルテュビオスを祀った神殿があったことを述べており、また「タルテュビアダイ」と呼ばれる一族が彼の後裔を称し、代々スパルタの伝令使の職務を世襲していたと記録しています。これは、タルテュビオスが単なる物語上の人物に留まらず、歴史時代においても特定の血筋や職務と結びつけられ、崇敬の対象となっていた可能性を示唆しています。

タルテュビオスは、トロイア戦争という壮大な叙事詩において、主要な英雄たちの傍らで地道ながらも不可欠な役割を担い、また悲劇作品においては無力な人々へ過酷な現実を突きつける使者として、その存在感を示しました。彼の名は後世にまで伝えられ、伝令使という職務の重要性を象徴する人物の一人となっています。

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