ディアナとカリスト (ティツィアーノ)

ティツィアーノの傑作『ディアナとカリスト』

『ディアナとカリスト』（伊: Diana e Callisto, 英: Diana and Callisto）は、盛期ルネサンスの巨匠、ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1556年から1559年にかけて制作した油彩画です。この作品は、オウィディウスの『変身物語』に登場する狩猟の女神アルテミス（ローマ神話のディアナ）の従者カリストの悲劇を主題としています。対作品である『ディアナとアクタイオン』とともに、ティツィアーノを代表する神話画の一つとして知られています。両作品は、スペイン国王フェリペ2世のために制作された連作《ポエジア》の一部であり、後期のティツィアーノ作品の中でも特に傑作とされています。

物語の背景

『変身物語』によると、カリストはアルカディア出身の乙女で、女神アルテミスのお気に入りの従者でした。しかし、神々の王ゼウス（ローマ神話のユピテル）は、カリストの美しさに目をつけ、彼女を誘惑する機会を狙っていました。ある日、狩りの疲れで森の中で休んでいたカリストを見つけたゼウスは、アルテミスに変身して彼女に近づき、純潔を奪いました。その後、アルテミスは従者たちと水浴びをしようとした際、妊娠しているカリストを発見し、彼女を追放します。さらに、ゼウスの正妻ヘラ（ユノ）は、カリストを熊に変えて罰しました。後にカリストは、成長した息子アルカスと再会しますが、ゼウスは二人を空に上げ、おおぐま座とこぐま座に変えたとされています。

絵画の詳細

ティツィアーノが描いたのは、アルテミスがカリストに水浴びを強要し、彼女の妊娠を発見する瞬間です。カリストは激しく抵抗しますが、アルテミスの従者たちに取り押さえられ、大きくなったお腹を露わにされています。アルテミスは怒りをあらわにし、他の純潔を守る従者たちに、カリストを追放するよう指示しています。従者たちの表情は様々で、怒り、憐れみ、そして面白がるものなど、複雑な感情が表現されています。

背景には、揺れる木々や渦巻く雲が描かれ、画面全体の動揺を強調しています。アルテミスの頭上の木には、白い紐で固定された金の織物が掛けられており、ユニコーンのデザインパターンが織り込まれています。

画材と技法

ティツィアーノは、天然のウルトラマリン、ヴァーミリオン、マラカイト、緑青、黄土色、鉛錫黄、スマルト、コチニールレーキなど、ルネサンス期のほとんどすべての顔料を使用し、幅広い色彩表現を実現しています。彼の自由で表現力豊かな筆遣いは、ドラマの効果を高め、大雑把な筆触で厚みのある肉体の質感から、大気感に満ちた遠方の風景までを描き上げています。また、キャンバスの表面を払うような薄いブラシストロークは、人物像の輪郭を曖昧にし、ダイナミズムと動きの感覚を画面に与えています。

構図と対比

『ディアナとカリスト』と『ディアナとアクタイオン』は、小川の流れが一方から他方へ流れるように描かれており、キャンバス間にリズムが生まれるようデザインされています。空の明るさは対照的で、『ディアナとカリスト』は夕刻が近づいた時間であることを示唆しています。また、照明は『ディアナとアクテオン』が左から、『ディアナとカリスト』が右から差し込んでおり、これは2つの窓の間に設置することを念頭に置いて制作されたことを示しています。

その他の関連作品

ティツィアーノは、同時期にディアナ（アルテミス）を主題とする別の絵画『アクタイオンの死』の制作も開始していますが、この作品は未完成のまま工房に残されました。また、1566年頃には、マクシミリアン2世の発注により、『ディアナとカリスト』のヴァリアントが制作されています（ウィーン美術史美術館所蔵）。このヴァリアントでは、従者のポーズや構図にいくつかの変更が加えられています。

来歴

『ディアナとカリスト』は、1559年に『ディアナとアクタイオン』とともにフェリペ2世に届けられました。その後、スペイン王室に長くとどまっていましたが、1704年にフランス大使に贈られ、オルレアン公フィリップ2世のコレクションに加わります。フランス革命後、オルレアン・コレクションは売却され、ブリッジウォーター公爵が購入しました。後にサザーランド公爵のコレクションに継承され、1939年からはスコットランド国立美術館で展示されていました。

国立美術館による取得

2008年、サザーランド公爵は資産を多様化するため、コレクションの一部を売却しようとしました。スコットランド国立美術館とロンドン・ナショナル・ギャラリーが共同で資金を調達し、『ディアナとアクタイオン』を2009年に、『ディアナとカリスト』を2012年に購入しました。現在、両作品は両美術館で交互に展示されています。

ヴァリアント

ウィーン美術史美術館に所蔵されているヴァリアントは、1566年頃に工房で制作されたものです。このヴァリアントでは、従者のポーズや構図にいくつかの変更が加えられています。

その他の《ポエジア》

『ディアナとカリスト』を含む連作《ポエジア》には、以下の作品が含まれています。

• - 『ダナエ』
• - 『ヴィーナスとアドニス』
• - 『ペルセウスとアンドロメダ』
• - 『エウロペの略奪』

参考文献

• - イアン・G・ケネディー『ティツィアーノ』、Taschen（2009年）
• - 『神話・ディアナと美神たち　全集 美術のなかの裸婦2』中山公男監修、集英社（1981年）
• - 『神話・神々をめぐる女たち　全集 美術のなかの裸婦3』中山公男監修、集英社（1979年）
• - Hugh Brigstocke, Italian and Spanish Paintings in the National Gallery of Scotland, 2nd Edn, 1993, National Galleries of Scotland

外部リンク

• - ナショナル・ギャラリー公式サイト, ティツィアーノ・ヴェチェッリオ『ディアナとカリスト』
• - 美術史美術館公式サイト, ティツィアーノおよび工房『ディアナとカリスト』
• - ロイヤル・コレクション・トラスト公式サイト, ピーテル・パウル・ルーベンス『ディアナとカリスト』

もう一度検索