トクトア・ベキ

メルキト部族の長、トクトア・ベキ

トクトア・ベキ（またはトクトア・ボエ、トクタ・ベキ、あるいは単にトト）は、12世紀の終わりから13世紀初頭にかけて、モンゴル高原北部に勢力を持っていたメルキト部族の指導者でした。彼はまた、メルキト部族内の有力な氏族であったウドイト・メルキトの氏族長でもありました。その名は歴史記録によって様々に表記されており、『元朝秘史』ではトクトア・ボエ、『集史』ではトクタ・ベキ、『元史』では脱脱（トト）と記されています。

名前の由来と意味

「トクトア(Toqto'a)」という名前は、モンゴルやテュルク語の動詞「toqta」（立ち留まる、落ち着く）に由来すると考えられており、当時多くの人々に見られた一般的な名前だったと指摘されています。一方、「ベキ(Bīkī)」や「ボエ(Bö'e)」という称号については諸説が存在します。

研究者ウラジーミルツォフは、この称号が北方の「森の民」と呼ばれる人々（ウリャンカイなど）の首長が用いるもので、「巫術的な力を持つ王」を意味すると提唱しています。また、かつてアベル・レミュザは中国語の「伯」に由来すると考えましたが、この説は確実ではないとされています。この時代の部族長には「○○・ベキ」という名を持つ人物が多く、「巫者的権能を持つ王」という厳密な意味合いだけでなく、単に「高貴な人物」を示す美称として、男女を問わず使われていたようです。時代が下ると、この称号は男性に使われることは少なくなり、主に女性の高貴さを示す言葉として用いられるようになりました。

チンギス・カンとの因縁と生涯

トクトアは、メルキト部族長であったトゥドゥウル・ビルゲ・テギンの息子として生まれ、父の後を継いで部族の長となりました。彼の生涯は、後にモンゴル帝国を築くことになるテムジン（チンギス・カン）との絶え間ない抗争に彩られています。

テムジンとの間の決定的な因縁は、トクトアの弟イェケ・チレドゥの妻であったホエルンが、かつてテムジンの父イェスゲイ・バアトルに奪われたことに遡ります。この過去の出来事への復讐として、トクトアは他のメルキト氏族長（ウアス・メルキトのダイル・ウスン、カアト・メルキトのカアタイ・ダルマラ）と共にテムジンの一家を襲撃しました。この襲撃によって、テムジンの乳母ゴアクチンと、当時テムジンの妻となったばかりのボルテが連れ去られました。

1197年、妻と乳母を奪われたテムジンは、有力部族であるケレイトの長トオリル・カン（後のオン・カン）と、盟友であったジャディラト氏族のジャムカと同盟を結び、メルキト部族への大規模な報復攻撃を仕掛けました。夜襲の報を受けたトクトアは、ダイル・ウスンと共に慌ててセレンゲ川を下ってバルグジンの地へと逃亡しました。他のメルキトの人々も同様に逃げ惑いましたが、逃げ遅れたカアタイ・ダルマラを含む多くのメルキト人がテムジンたちの手に落ち、命を落としました。この時、テムジンは妻ボルテらを無事に取り戻すことに成功しました。

1201年、高原各地の部族がジャムカを盟主として反テムジン連合を結成しましたが、この時トクトア自身は参加せず、その子クトゥがメルキト部族代表として連合軍に加わりました。しかし、テムジン・カンとオン・カンの同盟軍にこの連合軍は敗れ、クトゥもセレンゲ川方面へ逃れることとなりました。

翌1202年、ケレイトのオン・カンがテムジンに無断でメルキト部族への遠征を行いました。この攻撃により、トクトア・ベキは再びバルグジンの谷へと追いやられ、さらには長子トグス・ベキを殺され、その妻や他の子、そして多くの部民を捕虜として奪われるという大きな痛手を負いました。

1204年、依然としてテムジンに対する敵意を燃やすトクトア・ベキは、カラ川とダル川の水源付近で再びテムジン・カンと対峙しました。しかし、この戦いでもトクトア軍は敗北し、テムジン・カンはサアリ平原でメルキトの部民を捕虜とし、その財産を根こそぎ奪いました。トクトアは、子のクトゥやチラウンらと共に、わずかな従者を引き連れてかろうじてその場から逃げ延びました。

そして1205年、トクトアは逃亡先でナイマン部族の長グチュルク・カンと合流し、エルティシ川の支流であるブグドルマ川の水源で勢力を立て直そうと図りました。しかし、そこへテムジン・カンが追いつき、再び戦闘となりました。この最後の戦いの中で、トクトアは不運にも流れ矢に当たって命を落としました。彼の息子たちは、父の首を断ち切り、敵の手に渡るのを防ぐために持ち去ったと伝えられています。

トクトアには、クトクタイ、チャアルン、そしてオン・カンの娘であるフジャウル・ウジンといった妻たちがいました。また、子の名としては、トグス・ベキ、クチャ、クトゥ、チラウン、ジュブク、クル・テギン・メルゲンらが知られています。波乱に満ちた彼の生涯は、モンゴル高原の覇権がテムジンへと移り変わっていく激動の時代を象徴する出来事の一つと言えるでしょう。

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