ヨハン・ヤーコプ・フローベルガー

ヨハン・ヤーコプ・フローベルガー：バロック初期の鍵盤音楽の巨匠

ヨハン・ヤーコプ・フローベルガー（Johann Jakob Froberger, 1616年5月18日? - 1667年5月7日）は、ドイツ初期バロック音楽を代表する作曲家の一人です。彼は卓越した鍵盤楽器奏者であり、特にチェンバロとオルガンの演奏においてその才能を発揮しました。フローベルガーは、フレスコバルディに師事し、ヘンデルやヨハン・ゼバスティアン・バッハに先駆けて鍵盤音楽の発展に大きく貢献しました。

生涯

フローベルガーは1616年頃、シュトゥットガルトで生まれました。幼少期から音楽の手ほどきを父親から受けたとされています。1634年にウィーンに移住し、1637年から20年間、フェルディナント3世の宮廷オルガニストを務めました。1637年にはローマへ遊学し、フレスコバルディの弟子となります。1641年にウィーンに戻り、1649年にリチェルカーレ集を出版しました。その後、3年間、フェルディナント3世の外交官としてヨーロッパ各地を演奏旅行し、ブリュッセル、ドレスデン、アントウェルペン、ロンドン、パリなどを訪れました。1653年からは、レーゲンスブルクの王室礼拝堂の職務も兼任しました。

フェルディナント3世の死後、フローベルガーはアルザスに移り、1667年にエリクールで亡くなりました。彼の生涯は国際的であり、作品にもその影響が見られます。フランス語の題名や「フロベルグ」という署名を好んだことからも、そのコスモポリタンな性格が伺えます。

作品

フローベルガーの作品は生前にはわずかしか出版されませんでしたが、手稿譜として多くが残され、後世に研究されました。彼の作品は、鍵盤楽器（オルガン、チェンバロ、クラヴィコード）のためのものが多く、数十のチェンバロ用組曲や2つのモテットが現存しています。宗教曲は少なく、ほとんどが世俗曲です。

フローベルガーの作品は、主に以下の3つの形で伝えられています。

1. ウィーン写本: フェルディナント3世に献呈された豪華な装飾本『第2巻』（Libro Secundo, 1649年）と『第4巻』（Libro Quarto, 1656年）。それぞれ4章に分かれ、24の作品を収録。
『第2巻』: 6つのトッカータ、6つのファンタジア、6つのカンツォーナ、6つの組曲。
『第4巻』: 6つのトッカータ、6つのリチェルカーレ、6つのカプリッチョ、6つの組曲。
2. 『カプリッチョとリチェルカーレ集』: （Libro di capricci e ricercate, 1658年ころ）。6つのカプリッチョと6つのリチェルカーレを収録。

その他にも、ボーアン写本やストラスブルグ写本など、多くの写本にフローベルガーの作品が収録されています。特にストラスブルグ写本には、失われた自筆譜に由来すると思われる記述があり、貴重な資料となっています。

2006年には、フローベルガー晩年の自筆譜が発見され、サザビーズにてオークションに出品されました。この自筆譜には、フェルディナント3世へのラメントや、フローベルガー自身のメメントモリを含む組曲、未知の組曲やファンタジア、カプリッチョなどが収められており、彼の作品研究に新たな光を当てています。

フローベルガーの作品には、DTÖ (Adler) 番号とFbWV番号という二つの番号整理方法があります。DTÖ番号は、ジャンルごとに番号を振るのに対し、FbWV番号は、近年発見された作品や真作が疑わしいものも含む、包括的なカタログです。

フローベルガーの作品は、ヨーロッパ各地の音楽の影響を強く受けており、イタリア、ドイツ、フランスなどのスタイルが融合しています。特に、組曲にはフランスの影響が、トッカータやファンタジアにはイタリアの影響が顕著です。

クラヴィーア用組曲

フローベルガーは、クラヴィーア組曲の初期の作曲家であり、ドイツ・クラヴィーア組曲の創始者の一人とも称されます。彼の作品によって、アルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグの4つの舞曲が、組曲に欠かせないものとして確立されました。しかし、フローベルガーの自筆譜ではジーグがクーラントの前後に置かれることが多く、これは後世のバロック音楽の慣習とは異なります。この組曲の形式は、フランスのリュート音楽の影響を強く受けています。

フローベルガーは標題音楽を作曲したことでも知られ、彼の組曲には個性的な題名を持つ情感豊かな作品が多く含まれています。以下に例を挙げます。

「荒れ狂うライン川を小舟で渡りながら作曲したアルマンド」
「皇帝フェルディナント3世陛下の痛切の極みなる死に捧げる哀歌」
「私が盗まれ、思うがままに奪われたもの、そして何より私をひどい目にあわせた兵士たちへの哀歌」
「ローマ王フェルディナンド4世の悲しき死に捧げる哀歌」
「私の来るべき死についての瞑想」
「憂さ晴らしにロンドンで書かれた愚痴」
* 「ブランクロシェ氏に捧げる、パリにて書いたトンボー」

これらの作品には、比喩的な作曲法が用いられており、例えば、ブラクロシェへの哀歌では下降音階が転落を、フェルディナント3世への哀歌では上昇音階が昇天を表現しています。また、彼の個人的な経験が反映された作品も多く存在します。

その他の鍵盤作品

フローベルガーのトッカータは、自由で即興的な部分と、模倣様式の対位法で書かれた部分が交互に繰り返されます。リチェルカーレはフーガ的な様式で、複数のテーマが展開されます。ファンタジアはリチェルカーレと似ていますが、より自由な形式です。カプリッチョやカンツォーナは、複数のフーガ部分を持つことが多いです。半音階の使用はトッカータでは稀です。

影響

フローベルガーの作品は、生前にはほとんど出版されなかったものの、手稿譜としてヨーロッパ各地で広く受容され、同時代の作曲家に大きな影響を与えました。彼の作品は、ヨハン・カスパール・ケルルなど、他のコスモポリタンな作曲家と同様、ヨーロッパ各地の音楽伝統の交流に大きく貢献しました。ルイ・クープラン、ゲオルク・ベーム、ブクステフーデ、パッヘルベルなどが彼の影響を受けた作曲家として挙げられます。また、ヨハン・ゼバスティアン・バッハもフローベルガーの影響を受けていますが、その影響は限定的です。

フローベルガーは、バロック音楽における鍵盤音楽の発展に重要な役割を果たした、偉大な作曲家の一人であると言えるでしょう。

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