トハラ人

トハラ人：古代中央アジアの謎めいた民族

トハラ人（トカラ人）は、古代中央アジアの歴史において重要な役割を果たした民族です。古代ギリシア・ローマの史料では、グレコ・バクトリア王国を滅ぼした遊牧民として言及されており、その存在は謎に包まれています。中国や日本の史書では「吐火羅人」と表記され、かつてタリム盆地で話されていたトカラ語との関連も指摘されています。近年では、古代の記録に記されたトカロイと、トカラ語話者が同一の民族である可能性が高まっているのです。

歴史：バクトリア制覇からシルクロード交易の中心地へ

ストラボン『地理誌』は、トハラ人をスキタイの一派として位置づけ、グレコ・バクトリア王国を滅ぼした民族として言及しています。正確な時期は不明ですが、紀元前130年代頃と考えられています。バクトリアを制圧したトハラ人は、この地を長く支配し、中国の史書では「吐火羅」や「覩貨邏」、西方史料では「トハーリスタン」と呼ばれた地域が形成されました。

紀元前129年頃、張騫の探検によって大夏国（バクトリア）の様子が伝えられています。しかし、この頃には大月氏の侵攻を受けており、トハラ人も大月氏の支配下に入ったと推測されますが、詳細は不明な点が多いです。また、パルティア王アルタバノス1世との戦争も記録されており、トハラ人の勢力の強さを伺わせるエピソードです。

その後、トハーリスタンはクシャーナ朝、エフタル、突厥といった様々な勢力の支配を受けながらも、シルクロード交易の中心地として繁栄を続けました。7世紀以降、イスラム王朝の支配下に入り、イスラム化が進むとトハーリスタンの呼称は次第に使われなくなっていったのです。

居住地：ヤクサルテス川流域とタリム盆地

ストラボンによると、トハラ人の居住地はヤクサルテス（ヤクサルテス）川対岸、サカやソグディアナ地方に隣接していたとされています。一方、タリム盆地でもトカラ語が話されており、この地域にもトハラ人が居住していたと考えられます。中国の史書では、且末から于闐にかけての地域が古くから大夏と呼ばれており、トカラ語B方言が使用されていたことが分かっています。

大夏とトハラ人の関係：複数の仮説

バクトリアにあたる大夏国とトハラ人の関係については、いくつかの仮説が提唱されています。有力な説としては、タリム盆地の大夏人が月氏の西進以前にバクトリアへ移動し、大夏国を建国したものの、後に大月氏に征服されたとする説があります。この説は西方史料の記述とも比較的合致しています。他にも、大夏人が月氏に服属していた、あるいは匈奴の攻撃を逃れて月氏と共に西進したとする説なども存在します。

吐火羅人の言語：トカラ語

トハラ人の言語については、ストラボンがスキタイと呼んだものの、詳細は不明でした。しかし、クシャーナ朝時代の碑文から、クシャーナ朝はバクトリア語（東イラン語群）を使用していたことが分かっています。一方、『大慈恩寺三蔵法師伝』には焉耆や亀茲を大月氏の遺留部族とする記述があり、大月氏ではトカラ語を使用していた可能性が高く、トカラ語とトハラ人の関係を示唆する重要な手がかりとなっています。

トカラ語話者としてのトハラ人

タリム盆地で話されていたトカラ語の話者を、20世紀の学者が「トカラ人」と呼ぶようになりました。トカラ語は印欧語族のケントゥム語派に属し、クシャーナ朝のバクトリア語とは系統が異なります。しかし、大夏国や大月氏で使用されていた可能性も示唆されており、トカロイとの関連を解明する上で重要な要素です。タリム盆地の南北両地域でトカラ語の痕跡が見つかっており、トハラ人の居住範囲は広範囲に及んでいたと考えられています。

まとめ

トハラ人は、古代中央アジアの歴史に大きな足跡を残した民族です。グレコ・バクトリア王国を滅ぼした遊牧民、吐火羅人、そしてトカラ語話者としての側面を持つ彼らの歴史は、古代史の謎解きにおいて依然として重要な研究対象となっています。今後の研究によって、彼らの起源や文化、他の民族との関係などがより明らかになることが期待されます。

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