大夏

大夏：中央アジアの歴史を彩る地域名と国号

中国の歴史書において「大夏」は、中央アジアの広大な地域を指す呼称としてしばしば登場します。紀元前2世紀から7世紀頃までの長い期間、この地は様々な勢力の支配下にありましたが、その歴史は複雑で、多様な文化が交錯する舞台であったことが伺えます。本稿では、「大夏」という呼称の意味合いと、その地域における歴史的な変遷について詳細に見ていきましょう。

「大夏」の定義と解釈

「大夏」という名称は、漢代に用いられ始めたと考えられています。西を意味する「夏」に形容詞の「大」を付けることで、「極めて西方の地」という意味合いが込められています。しかし、その具体的な範囲は時代や文献によって異なっており、必ずしも明確な地理的境界線は存在しませんでした。バクトリア周辺地域を包含する、曖昧な広域的な地域名と理解するのが適切です。

「大夏」の語源については諸説あります。漢代の表記が何を転写したものなのかは定説がなく、「ダハェ(Dahae)」、「トカーラ(Tokhāra)」といった民族名との関連性が指摘されたり、中国による美称であるとする説も存在します。

張騫の西域探検と大夏の初見

紀元前2世紀、漢の武帝は、北方遊牧民族である匈奴に対抗するため、張騫を西域へと派遣しました。張騫は月氏への外交を目的としていたものの、匈奴に捕らわれるなど幾多の困難を乗り越え、大月氏周辺の国々を訪れました。その際に記録されたのが大夏に関する情報です。大夏はアム川の南に位置し、大月氏の属国であったとされています。張騫の探検は目的を達成できませんでしたが、持ち帰った西域の情報は漢において大きな関心を集め、『史記』大宛列伝などに収録されることとなりました。

大夏地域の変遷：支配者の交代

大夏地域は、大月氏の支配下にあった後も、その歴史は続きます。クシャーナ朝、エフタル、突厥といった様々な勢力がこの地を支配し、その度に文化や政治構造が変化していきました。7世紀にイスラム帝国に征服されるまでの間、この地域は「トハーリスターン(トハラ人の土地)」と呼ばれ、中国史書では「吐呼羅国」「吐火羅国」「覩貨邏国」など様々な名称で記述されています。

バクトリア時代からの歴史

大夏地域は古代にはバクトリアと呼ばれ、アケメネス朝、アレクサンドロス帝国、セレウコス朝、グレコ・バクトリア王国など、様々な王朝が支配を交代しました。しかし、これらの支配者層が入れ替わる中でも、バクトリア人と呼ばれるイラン系の土着民が常にこの地に住み続けていました。紀元前140年頃には、遊牧民族のアシオイ、パシアノイ、トカロイ、サカラウロイの侵攻によって、グレコ・バクトリア王国は滅亡します。

大月氏時代：征服と五翕侯

紀元前2世紀、匈奴の台頭によって月氏は西方に移動し、最終的にソグディアナに落ち着きました。そこで、大夏を征服し、五つの翕侯（きゅうこう：地方行政官）を設置して支配しました。大夏はもともと統一された国家ではなく、小領主が割拠する状態であったため、月氏の侵攻に容易く屈したと考えられています。五翕侯が月氏人であったか、大夏人であったか、あるいは土着民であったかは、依然として謎のままでです。

クシャーナ朝：新たな支配者

大月氏支配から約100年後、護澡城の貴霜翕侯（クシャンきゅうこう）である丘就却が他の翕侯を滅ぼして自立し、クシャーナ朝を建国しました。クシャーナ朝は、インド北部を含む広大な地域を支配し、その勢力は長く続きました。この時代、バクトリア語が公用語として用いられていたことは、碑文などの史料から明らかです。

吐呼羅国・吐火羅国・覩貨邏国：名称と変遷

『魏書』『隋書』『北史』『新唐書』といった史書には、吐呼羅国、吐火羅国、覩貨邏国といった名称が登場します。これらの名称は、いずれも大夏地域を指しているとされ、時代や記述者の違いによる表記の揺れと考えられます。

エフタルと突厥の支配下

5世紀から6世紀にかけては、エフタルの支配を受け、その後は突厥の勢力下に入ります。この時代、吐火羅の人々は軍事力強化に努め、兵士の数は10万人に達したとされています。西突厥の衰退と内乱に乗じて、吐火羅は唐に朝貢し、吐火羅葉護国となります。

イスラム帝国による征服

7世紀、イスラム帝国のアラブ軍が中央アジアに侵攻し、トハーリスターンもその支配下に入りました。これにより、トハーリスターンという名称は使われなくなり、大夏地域の歴史に新たな章が刻まれました。

大夏地域の生活と文化

大夏の人々は、遊牧民ではなく定住生活を送っていました。交易にも熱心で、バザールを開いて各地の特産品を売買していたようです。宗教的には、クシャーナ朝時代から仏教が信仰されており、7世紀には玄奘が訪れてその様子を記録しています。言語は、初期にはトカラ語や東イラン語群に属する言語が話されていたとみられ、クシャーナ朝時代にはバクトリア語が用いられていました。文字は、ギリシャ文字が使われていたと考えられます。また、吐火羅国時代には一妻多夫制が一般的であったという記述も見られます。

結論

「大夏」という呼称は、中央アジアにおける広大な地域と、その複雑な歴史を表すものです。大月氏、クシャーナ朝、エフタル、突厥、イスラム帝国といった様々な勢力がこの地を支配し、その度に文化や政治構造が変化していきました。その歴史の多様性と複雑さを理解することで、中央アジアの歴史をより深く理解することができます。この地域に関するさらなる研究によって、未だ不明な点も多く残されていますが、今後の研究に期待したいところです。

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