月氏

月氏（げっし）とは

月氏（拼音：Yuèzhī）は、紀元前3世紀から1世紀頃にかけて、東アジアから中央アジアにかけて存在した遊牧民族およびその国家の名称です。当初は現在の中国北方に勢力を持っていましたが、匈奴との戦いに敗れ、中央アジアへと移動しました。この移動後の月氏は「大月氏」と呼ばれ、東西交易で栄えました。

月氏の歴史

初期の月氏

秦の始皇帝の時代、中国北方では東胡と月氏が強大な勢力を持っていました。当時、匈奴は小国に過ぎず、東胡や月氏の間接的な支配下にありました。匈奴の単于頭曼は、自身の太子である冒頓を月氏に人質として送りましたが、その後、冒頓を裏切って月氏を急襲しました。この出来事がきっかけとなり、冒頓は匈奴に戻り、父を殺害して単于となります。

その後、冒頓は東胡を滅ぼし、西へ転じて月氏を破り、さらに南の楼煩や白羊河南王を併合して、瞬く間に大帝国を築き上げました。

大月氏への分裂

匈奴の老上単于の攻撃により、月氏は二手に分裂しました。一方はイシク湖周辺に逃れて大月氏となり、もう一方は南山羌（現在の青海省）に留まって小月氏となりました。

大月氏の興隆

イシク湖周辺に逃れた大月氏は、もともとそこにいた塞族を駆逐してその地に居座りました。しかし、烏孫の攻撃によってさらに西へ逃れ、最終的にソグディアナ（粟特）に落ち着きました。そこで、アム川の南にあるトハリスタン（大夏）を征服し、休密翕侯、雙靡翕侯、貴霜翕侯、肸頓翕侯、高附翕侯の五翕侯を置きました。

張騫の訪問

前漢の武帝は、匈奴に対抗するため大月氏との同盟を模索し、張騫を使者として派遣しました。張騫は苦難の末に大月氏に到着しましたが、当時、大月氏は現在の生活に満足しており、漢との同盟には関心を示しませんでした。

クシャーナ朝の成立

大月氏の支配下にあった貴霜翕侯の丘就卻が、他の四翕侯を滅ぼして自立し、貴霜王を名乗りました。彼は安息（パルティア）に侵入し、高附（カーブル）を奪い、さらに濮達国や罽賓国を支配下に置きました。丘就卻の後を継いだ閻膏珍は、天竺（インド）を滅ぼし、この政権はクシャーナ朝として知られるようになりました。中国では、クシャーナ朝も大月氏と呼び続けました。

キダーラ朝

『魏書』には、大月氏が柔然の侵攻を受けて西の薄羅城（バルフ）に遷都したことが記されています。当時の王である寄多羅（キダーラ）は、ヒンドゥークシュ山脈を越えて南の北天竺を侵略し、ガンダーラ以北の五国を支配下に置きました。この王朝はキダーラ朝と呼ばれ、中国ではキダーラ朝も大月氏の一部とみなされました。その後、キダーラ朝はエフタル（フナ）の侵攻を受けました。

小月氏のその後

月氏から分かれて南山羌に留まった小月氏は、その後も生き残り、三国時代にはチベット高原で活動していました。また、『魏書』には、クシャーナ朝の後継王朝であるキダーラ朝の分国も小月氏国として記されています。

昭武九姓

『北史』、『隋書』、『新唐書』に見える昭武九姓は、月氏の子孫とされています。彼らは月氏が敦煌・祁連にいた時代に昭武城に拠っており、西遷後もその故地を忘れないように昭武氏を国姓としたと伝えられています。

月氏の名称について

月氏という名称の語源には様々な説があります。

戦国時代の和氏、禺氏、牛氏などの転写とする説
イラン系言語に由来するとする説
玉（ヒスイ）の産地を占めていたことから玉氏が訛ったとする説
月をトーテムとしていたため中国側が意訳したとする説
「大肉氏」の誤写であるとする説
「トクァル人」の音写であるとする説

月氏の言語系統

月氏の言語系統については、テュルク系、イラン系、チベット系、モンゴル系など様々な説がありましたが、近年ではイラン系であるという説が有力でした。これは、クシャーナ朝がバクトリア語を使用していたことが明らかになったためです。しかし、最近の研究では、月氏がトカラ語を使用していた可能性が高いとする説も有力になっています。

月氏の地理

月氏の故地

『史記』や『漢書』では、月氏の故地は敦煌と祁連の間とされていますが、実際にはモンゴル高原西部から新疆一帯にまで広がっていたとする説もあります。

大月氏の所在地

大月氏は、アム川の北（ソグディアナ）に拠点を置き、その周辺には康居、大宛、大夏、安息などの国がありました。大月氏の都は、時代とともに監氏城、藍氏城、盧監氏城、薄羅城と変化しました。

五翕侯

大月氏はソグディアナに西遷後、トハリスタンを征服し、五人の翕侯（諸侯）を置きました。高附翕侯については、『漢書』と『後[[漢書]]』で記述が異なっており、詳細は不明です。

仏教伝来との関わり

中国への仏教伝来の初期段階において、大月氏の使者である伊存が『浮屠教』という経典を口伝したという記録があります。

遺跡

2018年、ウズベキスタンで月氏時代の墓所が発掘され、多くの装飾品や武器、陶器などが発見されました。

その他の説

遊牧スキタイの一部とする説や、パジリク古墳を月氏のものとする説など、様々な研究があります。

まとめ

月氏は、その起源からクシャーナ朝、キダーラ朝に至るまで、様々な変遷を遂げた遊牧民族です。彼らの歴史は、中央アジアの歴史を理解する上で重要な要素であり、今後の研究の進展が期待されます。

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