バヤン (メルキト部)

バヤン：元朝後期の権力者とその生涯

バヤン（伯顔、？-1340年）は、元朝後期を代表する将軍であり、政治家でした。彼はアスト人親衛軍という精鋭部隊を率い、モンゴル帝国最後のカアンであるトゴン・テムル（順帝）の治世初期に絶大な権力を掌握しました。

バヤンの出自は、チンギス・カンのモンゴル高原統一に抵抗したメルキト部です。しかし、彼の曽祖父はすでにモンゴル帝国に仕えており、代々軍人として活躍してきた家系に属していました。バヤン自身も幼少期から軍事訓練を受け、アルタイ山脈方面の戦いで活躍し、「バートル」（勇者）の称号を得るなど、卓越した軍事能力を示しました。

1307年、カアンのテムルが崩御すると、後継を巡る争いが勃発しました。この混乱の中で、カイシャンが勝利しカアンに即位します。カイシャンはバヤンを重用し、吏部尚書、そして宰相格の尚書平章政事へと昇進させました。さらに、バヤンはアスト人親衛軍の指揮官に任命され、その権勢を確固たるものとしました。アスト人親衛軍は、北カフカス地方出身の精鋭部隊であり、カイシャンにとって最も信頼できる軍事力でした。

しかし、1311年にカイシャンが急死すると、政情は再び不安定になりました。カイシャンの弟アユルバルワダが即位すると、カイシャン派は失脚し、バヤンも地方官へと左遷されました。その後、イェスン・テムルがカアンに即位すると、状況は好転し、バヤンは中央政府に戻り要職に就きます。

1328年、イェスン・テムルが崩御すると、再び権力闘争が激化しました。この時、エル・テムルという将軍が反乱を起こし、カイシャンの遺児トク・テムルを擁立しようとしました。バヤンはエル・テムルと協力し、トク・テムルをカアンに擁立する事に成功します。トク・テムルの即位により、エル・テムルのキプチャク人軍閥とバヤンのアスト人軍閥が朝廷の実権を握りました。バヤンは中書左丞相、知枢密院事などの要職に任命され、浚寧王の称号を与えられるなど、皇族に匹敵する地位を得ました。

1332年にトク・テムルが亡くなると、バヤンはエル・テムルと協力してイリンジバルをカアンに擁立しました。しかしイリンジバルはすぐに亡くなり、エル・テムルも病没しました。こうして朝廷における最強の権力者となったバヤンは、イリンジバルの兄トゴン・テムルを新たなカアンに擁立し、自ら右丞相に就任、政権の最高権力者となりました。1335年には、エル・テムルの遺児タンキシによるクーデターを鎮圧し、完全に権力を掌握しました。

しかし、トゴン・テムルが成人するにつれ、バヤンの専制政治への不満が高まりました。バヤンの甥であるトクトがトゴン・テムルに接近し、バヤン排除を画策します。1340年、トクトはクーデターを起こし、バヤンを失脚させました。バヤンは広東への流刑を言い渡され、途中病死しました。

バヤンは、科挙廃止や漢族虐殺の提案など、中国文化を排斥する政策をとったことで知られています。その後継者となった甥のトクトは、科挙を復活させ、『遼史』『金史』『宋史』の編纂事業を推進するなど、中国文化に理解を示しました。そのため、バヤンの失脚は、モンゴル高原を重視する勢力と漢地を重視する勢力との対立の結果であったと解釈されることが多いです。バヤンの生涯は、元朝後期の政治的混乱と権力闘争を象徴するものであり、彼の政策はその後長く元朝に影響を与え続けました。彼の死後、元朝はさらに衰退の一途を辿ることになります。

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