バージー・ラーオ

バージー・ラーオ1世（1700年 - 1740年）は、インド史において、特に18世紀のマラーター王国を語る上で極めて重要な人物です。彼は父バーラージー・ヴィシュヴァナートの後を継ぎ、わずか20歳でマラーター王国の世襲宰相（ペーシュワー）に就任し、その後の20年間、事実上のマラーター同盟の盟主として王国を率いました。その卓越した軍事的才能と指導力は、後世にゲリラ戦法の偉大な実践者、「シヴァージーに次ぐ」とまで評されています。

宰相就任と初期の活動

1720年4月、父の死去を受けてシャーフー王の承認を得て宰相の地位に就いたバージー・ラーオは、若年ながらも傑出した武勇と知略を持ち合わせていました。彼のカリスマ性は兵士たちの間で絶大な人気を博し、その治世を通じて軍の士気を高く保つ原動力となりました。宰相就任後、バージー・ラーオが初期に注目したのは、南インドのカルナータカ地方に点在する新興政権や在地王国でした。この地域はムガル帝国が影響力を失った後、群雄割拠の様相を呈していました。すでに1718年には、父の尽力により、ムガル帝国のデカン6州に対するチャウタ（徴税権の一部）およびサルデーシュムキー（追加税徴収権）がマラーターに認められており、これにはカルナータカも含まれていました。バージー・ラーオは1725年および1726年にカルナータカへの遠征を実施し、1727年にはマイソール王国の首都シュリーランガパッタナを包囲するなど、この地域におけるマラーターの権益確立を目指しました。

ニザーム王国との抗争と実権掌握

南インドへの関心とは別に、デカン地方では新たな問題が生じていました。1724年、ムガル帝国の宰相であったカマルッディーン・ハーンがデカンでニザーム王国を樹立し独立したのです。ニザーム王国はムガル帝国からデカン6州の権利を認められており、マラーター王国との間に深刻な対立が生じました。バージー・ラーオの治世初期における主要な課題の一つは、この強大なニザーム王国のデカンにおける勢力拡大を阻止することでした。1727年初頭、バージー・ラーオがカルナータカ遠征中に、ニザーム王国はマラーター内の敵対勢力と結んでマラーター領に侵攻しました。帰還したバージー・ラーオはこれに応戦し、1728年2月、プネー近郊でニザーム軍を撃破しました（パールケードの戦い）。この勝利により、ニザームはデカンにおけるマラーターのチャウタ・サルデーシュムキー権を正式に認めざるを得なくなりました。さらに、この戦果はバージー・ラーオに対するマラーター内部の反対勢力を排除する決定的な機会となり、彼はマラーター王国における実権を確立しました。

北インドへの拡大と体制確立

ニザーム王国との紛争を収拾した後、バージー・ラーオはムガル帝国の北インド領への長期的な遠征に着手しました。その戦略的な目的は、ムガル帝国の広大な領域からチャウタを徴収する権利を獲得し、最終的にはそれらの地域をマラーター同盟の勢力圏に組み込むことにありました。バージー・ラーオ自身が率いるマラーター軍は士気が高く、行く先々でムガル帝国軍を打ち破りました。マールワー、グジャラート、ブンデールカンドといった北インド各地でムガル帝国の影響力が駆逐され、マラーターの軍勢が席巻しました。この遠征には、ニザーム戦でも功のあったマルハール・ラーオ・ホールカル、ラーノージー・ラーオ・シンディア、ピラージー・ラーオ・ガーイクワードといった有力武将たちが従軍しました。彼らは征服地においてそれぞれの活動を展開し、宰相によってその支配権を認められました。しかし、全ての武将がこの方針に賛同したわけではありませんでした。グジャラートを自身の勢力範囲と見なしていた軍事長官（セーナーパティ）トリンバク・ラーオ・ダーバーデーは公然と反抗し、ニザーム王国と結んで反旗を翻しました。バージー・ラーオは1731年4月、グジャラートのダバイーでこの反乱軍と戦い、ダーバーデーを討ち取った（ダバイーの戦い）。これにより、彼に敵対する主要なマラーター武将はほぼ排除され、バージー・ラーオの権力は揺るぎないものとなりました。

バージー・ラーオの軍は毎年のようにムガル帝国領へ侵攻し、マールワーなどからの徴税を恒常化しました。1730年代後半には、その影響力は遂にムガル帝国の首都デリー近郊にまで及びました。1737年3月、バージー・ラーオは電撃的にデリーを攻撃し、ムガル帝国軍を破りました（デリーの戦い）。アウラングゼーブ帝の死からわずか30年後の出来事は、かつて広大を誇ったムガル帝国の衰退を象徴するものでした。デリー攻撃後、帰途についたバージー・ラーオは、ムガル帝国の要請を受けて出撃したニザーム王国の軍とボーパールで遭遇しました。1737年12月のボーパールの戦いでニザーム軍を再び破り、翌1738年1月には講和条約を結ばせ、マールワーの割譲を勝ち取りました。

ペーシュワー政権の確立とプネーの発展

バージー・ラーオは、父バーラージー・ヴィシュヴァナートが基礎を築いたマラーター同盟の体制確立に尽力し、これを成功させました。彼の治世を通じて、マラーターは単なるデカンの一勢力から、北インドにまでその影響力を及ぼす広大な「帝国」へと変貌しました。彼は従軍した有力なマラーター諸侯（サルダール）に征服地を領有させることで、彼らを同盟の枠組みに組み込みました。サルダールは宰相に忠誠と貢納を誓い、宰相は彼らの領土における権益を認めるというこの体制は、後にイギリス人によって「マラーター同盟」と名付けられ、その呼称が定着しました。これにより、シンディア家、ホールカル家、ガーイクワード家といった北インド各地にそれぞれの支配領域が築かれることになりました。バージー・ラーオは20年の治世の間に、名目的な存在となりつつあったマラーター王権から実権を完全に掌握し、自らが同盟の盟主として君臨する「ペーシュワー政権」を確立しました。また、1731年から1732年にかけて、バージー・ラーオはプネーに巨大な宰相宮殿シャニワール・ワーダーを建設しました。当時、抗争の影響で荒廃していたプネーは、これを機に宰相府の中心地として発展し、マラーター王国の首都サーターラーとは別に、事実上の首都としての地位を確立していきました。

突然の死

1740年初頭、バージー・ラーオは再びデリー攻撃のため大軍を率いて進軍していましたが、同年4月28日、インドール近郊で突然病に倒れ、急逝しました。熱中症が原因とされる英雄の死はあまりにも突然でした。彼の葬儀は同日中にナルマダー河畔で執り行われました。バージー・ラーオの死後、息子であるバーラージー・バージー・ラーオがシャーフー王の承認を得て新たな宰相に就任し、世襲による宰相の地位は引き継がれました。

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