パーディシャー

パーディシャー（Padişah）とは

パーディシャー（トルコ語: padişah; ペルシア語: پادشاه pādshāh）は、ペルシア語に由来し、「皇帝」もしくは「君主」一般を意味する言葉です。主にオスマン帝国、イラン、インドといった地域で君主の称号として用いられました。

オスマン帝国におけるパーディシャー

オスマン帝国では、君主の最も一般的な呼称として「パーディシャー」（トルコ語：padişah）が用いられました。特に帝国の末期には、世俗権力であるスルタン権と宗教権威であるカリフ権を兼ね備えた存在として規定されました。

オスマン帝国の君主は「スルタン」の称号で呼ばれることが多いですが、帝国においてはスルタンの称号は君主の后妃や娘の称号にも広く用いられていました。そのため、むしろ君主の称号としては「パーディシャー」の方がより適切でした。

また、オスマン帝国は外交上、フランスなどの有力な同盟国の君主を「パーディシャー」と呼び、それ以外の国の君主に対して用いる「王（クラル）」「シャー」「ベイ」などと区別することで、相手国への優遇を示しました。ヨーロッパにおける本来の皇帝の称号の保持者である神聖ローマ皇帝にパーディシャーの称号が認められたのは、オスマン帝国の軍事力がヨーロッパに対して相対的に低下した17世紀のことでした。18世紀にはロシア皇帝に対してもパーディシャーの称号が認められ、次第にパーディシャーはオスマン帝国と外交上対等な外国の君主に広く用いられる称号となりました。

トルコ共和国成立後、言語純化運動の中でペルシア語由来のパーディシャーは、ラテン語の imperator（皇帝）に由来する imparator に置き換えられました。

イランにおけるパードシャー

イラン高原では、「パードシャー」（ペルシア語: پادشاه pādshāh）は「シャー」の上位の称号として位置づけられていましたが、「シャーの中のシャー」を意味するシャーハンシャーがより高い地位を示す称号として用いられることが一般的でした。カージャール朝などではシャーハンシャーが君主の称号であったのに対し、パードシャーは地方領主などが用いることがありました。

インドにおけるパードシャー

インドのムガル帝国でも、ペルシア語の「パードシャー」の称号が君主の称号として用いられました。王朝の始祖バーブルが初めてパードシャーを称して以来、支配下にハーン、ラージャなど様々な称号をもったムスリム（イスラーム教徒）・ヒンドゥー教徒の有力者たちを抱えたムガル帝国において、パードシャーは最高君主を意味する称号として権威を示しました。

モンゴル帝国時代以降の広がり

モンゴル帝国では行政言語としてウイグル語が使用されていましたが、初期からマー・ワラー・アンナフルやホラーサーンから多くのムスリムたちが宮廷内外で活躍していました。帝国統治下の地域的言語的多様性に対応するため、モンゴル語、ウイグル語をはじめとするテュルク語、ペルシア語、漢語、チベット語などに行政用語の訳語の統一や互換性を持たせていました。このうち、モンゴル語の「カアン」や「カン」に対応する概念として、イル・ハン国の『集史』などでは「カアン」をカーアーン（ قاآن qā'ān）、「カン」をハーン（ خان khān）と音写する一方で、「君主」一般や「皇帝」「帝王」的な意味として「パードシャー」（ پادشاه pādshāh）を採用していました。

『集史』「フランク史」ではアウグストゥス以来の歴代のローマ皇帝や、カール大帝などのフランク・ローマの君主たち、オットー1世以降の神聖ローマ皇帝などを「ルームのカイサル」（Qaysar-i Rūm）と併せて「ルームの君主位」（ pādshāhī-yi Rūmī）などの表現を用いていました。

明朝で編纂された漢語と周辺外国語の対訳語彙集である『華夷譯語』の一編でペルシア語版である「回回館譯語」という資料があります。この「人物門」に、「パードシャー」 پادشاه pādshāh を「[立巴]得沙黒」と漢字音写し「君（君主）」の意味にあてており、同じく「シャー」 شاه shāh を「傻諕」と漢字音写し「君」の意味としています。しかし、別の箇所では「パードシャー」 پادشاه pādshāh を「[立巴]得傻」と漢字音写し、「天皇帝」の意味としている箇所があり、この頃には「パードシャー」には一般的な「君主」の意味と「皇帝」の意味の2種類が含まれ用いられていたことが分かります。

イルハン朝のガザンはイスラームに改宗した後に、「イスラームの帝王（パードシャーヒ・イスラーム）」（ پادشاه اسلام Pādshāh-i Islām）と名乗りました。イルハン朝ではモンゴル王族一般を「シャーフザーダ」（ شاهزاده Shāh-zāda）と呼び、ガザンなどの君主は単独では「ハーン」「スルターン」「パードシャー」を用いていました。これらのペルシア語による称号の様式は、その後のジャライル朝、黒羊朝、白羊朝以外にもティムール朝、ムガル朝、サファヴィー朝、オスマン朝にも影響を与えています。

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