パーラ朝

パーラ朝の興亡：北東インドを支配した仏教王朝

パーラ朝は、8世紀後半から12世紀後半にかけて、北東インド（現在のベンガル地方とビハール地方）を支配した仏教王朝です。その歴史は、激しい権力闘争と文化的な繁栄が交錯する、波乱に満ちたものでした。

王朝の創始と初期の動乱

7世紀後半、ヴァルダナ朝の滅亡後、ベンガル地方とビハール地方は混乱に陥りました。この地域は「マンスヤンヤーヤム（魚の法）」と呼ばれる弱肉強食の時代となり、外部からの侵入も相次ぎました。この混乱を収拾するため、750年頃にゴーパーラが各地の名士によって王に選出され、パーラ朝が誕生しました。ゴーパーラは、混乱期に武力で小王国を築いた有力な戦士の息子であったとされています。

カナウジを巡る三つ巴の争い

ゴーパーラの息子ダルマパーラの時代には、デカン地方のラーシュトラクータ朝、北西インドのプラティーハーラ朝と、カナウジをめぐって激しい争いが繰り広げられました。カナウジはアーユダ朝が支配していましたが、後継者争いが発生し、ダルマパーラは敗れた王位継承者と同盟を結び、カナウジに侵攻しました。これにより、三王朝が入り乱れて戦うこととなりました。

当初、パーラ朝はプラティーハーラ朝に破れましたが、ラーシュトラクータ朝の介入によりプラティーハーラ朝が撤退した隙をついて、再びカナウジを占領。ダルマパーラは北インドの諸王を招いて大会議を開き、カナウジの新たな王を即位させ、パーラ朝の宗主権を確立しました。これにより、パーラ朝はベンガルからカナウジに及ぶ大帝国を築き上げましたが、その後、プラティーハーラ朝が勢力を盛り返し、パーラ朝はムンゲールで敗れ、北インドの覇権はプラティーハーラ朝へと移りました。ダルマパーラは熱心な仏教徒であり、ヴィクラマシーラ寺院などの多くの僧院を建設し、ナーランダー僧院などの既存の仏教寺院も保護しました。

デーヴァパーラの時代：最盛期

ダルマパーラの息子デーヴァパーラの治世は、パーラ朝の最盛期を迎えました。父の敗北を教訓に、デーヴァパーラは東部での足場を固め、アッサム地方やオリッサ地方北部を支配下に置きました。さらに、プラティーハーラ朝が弱体化すると反撃を開始し、ガンジス川一帯に広大な領土を築きました。パーラ朝は東南アジアとの交易も盛んに行い、仏教を通じた交流も深めました。デーヴァパーラ自身も熱心な仏教徒であり、ナーランダー僧院にはシャイレーンドラ朝からの使節が訪れ、同寺院に寄進を行いました。

衰退への道

デーヴァパーラの死後、パーラ朝は徐々に衰退に向かいました。後継者たちは弱く、大帝国の維持に苦労しました。ラーシュトラクータ朝やプラティーハーラ朝の侵攻を受け、領土を失うこともありました。10世紀に入ると、プラティーハーラ朝が弱体化し、パーラ朝はマガダ地方を奪還したものの、封臣の自立化が進み、王朝の支配力は弱まりました。

マヒーパーラ1世の時代には、パーラ朝は一時的に勢力を盛り返し、ベンガル北部や東部の大部分を回復しましたが、チョーラ朝の侵攻を受け、王朝の衰退は止まりませんでした。その後も、内紛や周辺勢力からの圧迫を受け、領土は縮小。ベンガルの新興王朝であるセーナ朝の勢力が増大するにつれて、パーラ朝はビハールの一勢力にまで衰退しました。

1162年頃、パーラ朝はセーナ朝によって滅亡しました。その後、ゴーヴィンダパーラという人物が継いだともされますが、1174年には完全に滅亡しました。

仏教文化の繁栄

パーラ朝は仏教を保護し、北部ベンガルには多くの僧院が建てられ、その様子はビハールの語源となるほどでした。8世紀後半には、インド哲学の巨匠シャーンタラクシタや大密教行者パドマサンバヴァなどがチベットへ派遣され、チベット仏教にも大きな影響を与えました。パーラ朝時代の仏教は、密教が盛んであったため、タントラ仏教の影響を強く受けています。

また、芸術を保護したため、絵画、彫刻、青銅の鋳造技術が著しく進歩し、仏教美術では「パーラ式仏像」を生み出し、世界的に有名となりました。その美術は「パーラ派」や「東方派」と呼ばれ、優れた技巧と典雅な意匠で知られています。民衆は仏教だけでなく、ヒンドゥー教を信仰する者もいました。

歴代君主

パーラ朝の歴代君主は以下の通りです。

ゴーパーラ1世 (Gopala I, 在位：750年 - 780年)
ダルマパーラ (Dharmapala, 在位：780年 - 810年)
デーヴァパーラ (Devapala, 在位：810年 - 850年)
マヘーンドラパーラ (Mahendrapala, 在位：850年 - 854年)
ヴィグラハパーラ1世 (Vigrahapala I, 在位：854年)
ナーラーヤナパーラ (Narayanapala, 在位：854年 - 920年)
ラージュヤパーラ (Rajyapala, 在位：920年 - 952年)
ゴーパーラ2世 (Gopala II, 在位：952年 - 969年)
ヴィグラハパーラ2世 (Vigrahapala II, 在位：969年 - 995年)
マヒーパーラ1世 (Mahipala I, 在位：995年 - 1043年)
ナヤパーラ (Nayapala, 在位：1043年 - 1058年)
ヴィグラハパーラ3世 (Vigrahapala III, 在位：1058年 - 1075年)
マヒーパーラ2世 (Mahipala II, 在位：1075年 - 1080年)
シューラパーラ (Shurapala, 在位：1080年 - 1082年)
ラーマパーラ (Ramapala, 在位：1082年 - 1124年)
クマーラパーラ (Kumarapala, 在位：1124年 - 1129年)
ゴーパーラ3世 (Gopala III, 在位：1129年 - 1143年)
マダナパーラ (Madanapala, 在位：1143年 - 1162年)
* ゴーヴィンダパーラ (Govindapala, 在位：1162年 - 1174年)

まとめ

パーラ朝は、北東インドにおいて仏教文化を繁栄させた重要な王朝でした。その興隆、最盛期、そして衰退まで、激動の歴史の中で多くの遺産を残しました。パーラ朝の歴史は、古代インド史における重要な一章であり、仏教美術や文化に興味を持つ人々にとって、欠かせない知識となるでしょう。

もう一度検索