ヒプナゴジア

ヒプナゴジア（入眠時幻覚）とは

ヒプナゴジア（hypnagogia）とは、覚醒状態から睡眠状態へ移行する際、つまり入眠時に生じる半覚醒状態を指します。反対に、睡眠状態から覚醒状態へ移行する際、つまり起床時の半覚醒状態はヒプノポンピア（hypnopompia）と呼ばれますが、広義にはヒプナゴジアに含めることもあります。

この「閾値意識」とも言える状態では、幻覚、明晰思考、明晰夢、金縛り（睡眠麻痺）といった様々な精神現象が起こる可能性があります。特に、ヒプナゴジア状態における幻覚は入眠時幻覚と呼ばれます。

定義

「ヒプナゴジア」という言葉は、狭義には入眠時に限定して使われ、起床時の半覚醒状態を指す「ヒプノポンピア」の対義語として用いられます。しかし、広義には入眠時と起床時の両方の意識状態、つまりヒプノポンピアを含めた意味で使用されることもあります。

これは、どちらの状態でも同様の精神現象が起こり得ること、そして人が睡眠と覚醒を繰り返すことから、半覚醒状態の現象を入眠時・起床時のどちらか一方に限定することが実際には困難であるためです。

ヒプナゴジアやヒプノポンピアを表す他の用語としては、以下のようなものが提唱されています。

presomnal sensations
anthypnic sensations
visions of half-sleep（半睡眠幻視）
oneirogogic images
phantasmata
the borderland of sleep
praedormitium
borderland state
half-dream state
pre-dream condition
sleep onset dreams
dreamlets
wakefulness-sleep transition (WST)

現象

睡眠への移行、および睡眠からの移行には、様々な知覚的経験が伴うことがあります。これらの感覚的経験は、個別に、または組み合わせて起こる可能性があり、漠然としたものから鮮明な幻覚まで、その程度は様々です。

視覚

ヒプナゴジアにおける視覚現象として最も一般的なのは、眼閃です。これは、ランダムな斑点、線、幾何学的パターン、あるいは具象的なイメージとして現れる幻視です。光のトンネルを通って移動する幻視も報告されています。

これらのイメージは瞬間的に現れては消え、次々と変化していくのが特徴です。ヒプナゴジアの幻視は、断片的な夢への移行のように感じられることもありますが、通常は静的で物語性がないという点で夢とは異なります。

テトリス効果

寝る前に反復的な活動、特に初めての活動に長時間費やした場合、入眠時にその活動に関連する幻視を見ることがあります。これはテトリス効果と呼ばれます。ビデオゲームのテトリスのように、物を動かす活動の場合、知覚する幻視も移動を伴うことが多いです。

テトリス効果は視覚に限定されず、他の知覚にも起こり得ます。例えば、登山後に岩を触る感覚を知覚したという報告があります。

聴覚

ヒプナゴジアの幻覚は、聴覚的なもの、あるいは聴覚的な要素を持つことが多いです。視覚と同様に、かすかな音から、ノックや衝突、爆発のような大きな音（頭内爆発音症候群）まで、その強さは様々です。自分の名前が呼ばれる、ドアベルが鳴るなどを想像する人もいれば、ホワイトノイズを感じることもあります。

想像された言葉の断片は普通のもので、無意味で断片的であることが多いですが、自身の思考を要約するような言葉が現れることもあります。また、言葉遊びや造語が含まれていることもあります。これらの音声は、自分自身の「内なる声」として、あるいは親しい人や見知らぬ人の声として聞こえることがあります。まれに、詩や音楽が聞こえることもあります。

その他の知覚

ヒプナゴジアの幻覚としては、味覚、嗅覚、触覚（痺れや蟻走感として報告されるものを含む）、温度覚など、全ての感覚が報告されています。時には共感覚もあります。また、深部感覚、痺れや体の大きさ・プロポーションの変化、体が浮いたり揺れたりする感覚、体外離脱なども報告されています。

この中で最も一般的なのは、落下感や不随意の筋肉の痙攣です。

認識と感情の現象

睡眠中の思考プロセスは、通常の覚醒状態とは大きく異なります。ヒプナゴジア状態では、自我の境界が曖昧になり、開放性、感受性、物理的・精神的な環境の内在化、注意散漫といった特徴が見られます。また、被暗示性が高く、非論理的で、観念の関連性が流動的であるという特徴もあります。

ヒプナゴジア状態では、実験者からの暗示を受け入れやすく、外部刺激を思考の連鎖や夢に取り込みやすいことがわかっています。脳波の測定でも、睡眠開始時に音に対する反応性が高まることが示されています。

ヘルベルト・シルベレは、「自己記号論」というプロセスについて記述しています。これは、ヒプナゴジア的な幻覚が、その時に考えていることを表現し、抽象的な観念を具体的なイメージに変えるというものです。

アウグスト・ケクレがベンゼンの環状構造を発見したエピソードや、多くの芸術家、作家、科学者、発明家がヒプナゴジア状態で創造性が高められると主張しているように、ヒプナゴジア状態は問題解決のための洞察を得るきっかけになることがあります。

ハーバード大学の心理学者ディアードレ・バレットは、ヒプナゴジア状態では幻覚的なイメージを批判的に検討できるため、夢よりも問題を解決しやすいことを明らかにしました。

ヒプナゴジア状態における健忘は選択的であり、意味記憶ではなく、エピソード記憶や自伝的記憶に影響を与えます。ヒプナゴジアとレム睡眠が意味記憶の定着に役立つという説もありますが、議論の余地があります。

ヒプナゴジア的な現象は、体験者の信念や文化に応じて、予言、霊的体験、霊感として解釈されることがあります。

生理学

生理学的研究では、ノンレム睡眠の第1段階、または睡眠前のアルファ波とヒプナゴジアとの関連が示唆されています。入眠時の夢のようなイメージの閃光は、アルファ波の脳波活動の低下と相関しています。

ヒプナゴジア状態は、覚醒状態とも睡眠状態とも異なる、独自の電気生理学的、行動的、主観的な特徴を持つと考えられています。自発的なヒプナゴジア的幻覚は、脳波の平坦化やシータ波紋といった特定の脳波ステージで起こりやすいことがわかっています。

覚醒-睡眠移行期には、レム睡眠の要素が現れるという仮説もあります。また、ヒプナゴジア状態では、前頭筋の活動の低下や呼吸パターンの変化も見られます。

歴史

ヒプナゴジアに関する初期の言及は、アリストテレス、イアンブリコス、ジェロラモ・カルダーノ、サイモン・フォアマン、エマヌエル・スヴェーデンボリの著作に見られます。

19世紀には、ヨハネス・ペーター・ミュラー、ジュール・バイヤルジェ、アルフレ・モーリーといった研究者によって科学的な探求が始まりました。脳波の発見により、生理学的なデータを用いた研究も行われるようになりました。

1983年には、アンドレアス・マブロマティスによってhypnagogiaという言葉が一般的な心理学の文献に登場しました。

研究

初期の研究では自己観察が主な手法でしたが、20世紀後半以降はアンケート調査や実験的研究も行われるようになりました。

ヒプナゴジアに伴う健忘や体験の淡さが研究を難しくしていますが、中断、睡眠操作、持続時間を延長する技術、内省の訓練などによって克服が試みられています。

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