ヒメマス

ヒメマス（姫鱒）とは

ヒメマス（Oncorhynchus nerka）は、サケ目サケ科に属する淡水魚で、ベニザケの湖沼残留型（陸封型）として知られています。降海型のものはベニザケと呼ばれます。名前の由来は、1904年に北海道庁水産課の職員によって命名されました。アイヌ語では「薄い魚」を意味する「カパチェㇷ゚ (kapar‐cep)」と呼ばれ、北海道では「チップ」という愛称でも親しまれています。

分布

ヒメマスの自然分布は、アメリカ合衆国、カナダ、カムチャツツカ半島、そして日本では北海道の阿寒湖とチミケップ湖に限られています。また、ニュージーランドには移植によって定着しました。

移植と放流の歴史

日本での養殖は、1893年に北海道職員の村信吉が阿寒湖に注ぐシリコマベツ川で採集した発眼卵を千歳の孵化場へ輸送したのが始まりです。1894年には阿寒湖から支笏湖への移植が行われ、支笏湖は種卵供給湖として重要な役割を果たしました。しかし、ヒメマスは稚魚期の耐酸性が低いため、酸性の強い水域への移植は成功していません。

十和田湖への移植（1902年）には、和井内貞行が尽力しました。その後、1906年には支笏湖から中禅寺湖、芦ノ湖、西湖、本栖湖、青木湖などへ移植され、各地で生息が確認されています。

形態と生態

ヒメマスは、貧栄養状態で10℃から13℃程度の低温を好みます。全長は栄養状態や水温によって変化しますが、1年で16cm程度、成熟期には最大で50cm前後に成長します。主な餌は、動物プランクトンのボスミナ類やミジンコ類、ユスリカ幼虫、ワカサギなどの小魚です。ただし、ヒメマスが生息する湖にワカサギを放流すると餌の競合が発生し、ヒメマスの資源が減少する傾向があります。また、他のサケ科魚類を放流すると、ヒメマスが捕食されることもあります。

ベニザケと同様に、孵化後3年から5年程度で成熟し、9月下旬から11月上旬にかけて湖岸や流入河川の砂礫に産卵します。中禅寺湖や洞爺湖のヒメマスは、降海型ベニザケと同様にスモルト化し、海水への適応能力を持ちます。降海は6月から7月にかけて最も活発に行われ、降海個体の平均体長は15cmから18cm程度です。成熟までの期間は栄養状態によって変動し、9年かかる例もあります。

利用

ヒメマスの魚肉は紅色で、非常に美味とされています。ただし、食味の低下が早いのが難点です。塩焼き、刺身、フライなどで食べられるほか、甘露煮や燻製にも加工されます。

漁業

ヒメマスが生息する湖では、餌釣りやレイクトローリングで釣ることができます。餌はサシ（ハエの幼虫）などが用いられます。各湖では漁業協同組合が遊漁期間や捕獲上限を設定しており、産卵期や禁漁期間中の漁獲は禁止されています。ルアーやフライでの釣りも可能です。

自治体の魚

ヒメマスは、千歳市（1996年制定）と日光市（2005年制定）の「市の魚」に指定されています。

保全状況

ヒメマスは、IUCNレッドリストでLEAST CONCERN（軽度懸念）に指定されています。しかし、日本では環境省レッドリストで絶滅危惧IA類 (CR) に指定されており、保護の必要性が高まっています。

近縁種：クニマス

ヒメマスの近縁種として、西湖に生息するクニマス (Oncorhynchus nerka kawamurae) がいます。クニマスは、本来秋田県の田沢湖に生息していましたが、発電所建設のために強酸性の玉川の水を導入したことで絶滅しました。しかし、それ以前に西湖に移入された受精卵から孵化した稚魚の末裔が西湖で生き残っていました。長らくヒメマスの黒い変種と認識されていましたが、2010年に正式にクニマスとして確認され、絶滅種からの復活として大きな話題となりました。

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