ビート (植物)

ビート

ビートはヒユ科に属する植物で、現在ではアカザ亜科（Betoideae）に分類されています。その起源はヨーロッパにあり、特に地中海沿岸地域で栽培が始まったと考えられています。古くは薬用として用いられていましたが、食用とされるようになったのは2世紀から3世紀頃と言われています。「ビート（ビーツ）」という名前は、ケルト語で「赤」を意味する「bette」に由来するとされています。

多様な栽培品種と分類

ビートには数多くの栽培品種が存在し、それぞれ異なる目的で利用されています。代表的なものとして、葉を食用とするフダンソウ、砂糖の原料となるテンサイ（サトウダイコンとも呼ばれます）、飼料作物であるマンゲルワーゼル、そして根菜として広く知られるテーブルビート（ガーデンビート、一般的にビーツと呼ばれるもの）があります。これらの栽培品種はすべて、Beta vulgaris subsp. vulgaris という亜種に分類されます。

野生の祖先とされるのは、地中海沿岸やヨーロッパ大西洋岸などに自生するシービート（Beta vulgaris subsp. maritima）です。また、もう一つの野生亜種として、ギリシャからシリアにかけて分布する Beta vulgaris subsp. adanensis が認められています。

ビートの分類は長い歴史を持ち、特に栽培品種の扱いには複雑さがあります。例えば、『Mansfeld's Encyclopedia of Agricultural and Horticultural Crops』では、根や葉、主脈の利用形態に基づいて、以下のグループ分けがされています。

B. v. ssp. vulgaris convar. cicla（フダンソウ）: 葉菜として利用されるグループ。紀元前2千年紀にまで遡る古い歴史を持ち、地中海地域から中東、インド、そして中国へと伝播しました。古代ギリシャや中世ヨーロッパでは薬用植物としても利用されましたが、後にホウレンソウの伝来によって人気が衰えました。
var. cicla（スピナッチビート）: ホウレンソウのように葉を調理して食べるために広く栽培されています。
var. flavescens（スイスチャード）: 太く肉厚な主脈が特徴で、主脈と葉身を別々に調理して食用にすることがあります。カラフルな主脈を持つ品種は観賞用としても栽培されます。この太い主脈は、スピナッチビートからの変異によって生じたと考えられています。
B. v. ssp. vulgaris convar. vulgaris（チューブロスビート）: 肥大した塊茎（根）を主として利用するグループです。
var. crassa（マンゲルワーゼル）: 18世紀に飼料作物として開発されました。
var. altissima（テンサイ）: スクロース含有量が高いため、砂糖生産の主要な作物です。1747年にビートの根に砂糖が含まれることが発見された後、18世紀後半にドイツで砂糖抽出の技術が開発されました。
* var. vulgaris（テーブルビート）: 一般的に「ビーツ」として連想される、鮮やかな赤色の根菜です。ボルシチの主材料となるなど、特に東ヨーロッパで人気があります。

植物学的な特徴

ビートは通常二年草、まれに多年草の草本植物で、茎は1～2メートルの高さに成長し、多くの葉をつけます。葉はハート形で、野生種では長さ5～20センチですが、栽培品種ではさらに大型になります。花は小さく、直径3～5ミリメートルで、緑色または赤みがかった色をしています。これらは風によって花粉が運ばれる風媒花で、密な穂状に咲きます。果実は複数の小堅果が集まってできた塊となります。

根の色は深い赤紫色が一般的ですが、品種によっては鮮やかな山吹色や、赤と白の縞模様を持つものもあります。
多くの種類のチョウ目の幼虫にとって、ビートは食草となります。

利用法

ビートは様々な形で人々の食生活や産業に関わっています。

葉菜としては、スピナッチビートや、テーブルビートの若葉が利用されます。スイスチャードは太い主脈と葉身を分けて調理することが多いですが、アフリカやインドの一部地域では主脈も含めて一緒に調理することもあります。

テーブルビートの肥大した根は、焼く、茹でる、蒸すなどの加熱調理や、サラダとして生食されるほか、漬物にも加工されます。特に東ヨーロッパでは、ボルシチのようなスープの材料として欠かせません。商業的に生産されるテーブルビートの多くは、加熱殺菌処理されたものや漬物に加工されています。黄色いテーブルビートは主に家庭での消費向けに小規模で栽培されています。

テンサイは、その高い砂糖含有量を利用して砂糖を抽出するために広く栽培されています。マンゲルワーゼルは家畜の飼料として利用されます。

また、大きく色鮮やかな葉を持つ一部の栽培品種は、観賞用としても楽しまれています。

栄養価と健康

ビートはカロリーが低く（100gあたり約45kcal）、コレステロールを含まず、脂肪も少量です。豊富なビタミン、ミネラル、そして独特な植物由来の化合物が健康に寄与します。

根に含まれる植物由来の化合物グリシンベタインは、冠動脈性心疾患や脳卒中などのリスクを低減する可能性が研究されています。生のビートには葉酸が多く含まれており、これは細胞内のDNA合成に不可欠な栄養素です。少量のビタミンCも含まれます。

さらに、ナイアシン（ビタミンB3）、パントテン酸（ビタミンB5）、ピリドキシン（ビタミンB6）といったビタミンB群や、鉄分、マンガン、銅、マグネシウム、カリウムなどのミネラルも供給します。これらのミネラルは心拍数の調整や細胞代謝に関与します。テーブルビートにはビタミンC、カロテノイド（体内でビタミンAに変換）、フラボノイドも含まれています。

テーブルビートに見られる鮮やかな赤や紫の色は、ベタレインと呼ばれる色素によって生じます。これは一般的な赤い植物に含まれるアントシアニンとは異なる種類の色素です。ベタニン、イソベタニンなどの赤い色素はベタシアニン、インジカキサンチン、ブルガキサンチンなどの黄色い色素はベタキサンチンと呼ばれます。これらの色素、特にベタニン色素分子は酸化ストレスから体を保護する可能性が示唆されており、ヨーロッパでは古くからこの目的で利用されてきました。インジカキサンチンは強力な抗酸化作用を持つと考えられています。

ベタシアニンは、それを分解できない体質の人の尿をピンク色に変えることがあります（ピンク尿/赤尿）。また、ビートはシュウ酸を含むため、過剰摂取は尿路結石のリスクを高める可能性があります。

歴史的には、ビートの根や葉は様々な病気の民間療法に用いられてきました。古代ローマでは発熱や便秘の治療に、ヒポクラテスは傷の手当てにビートの葉を推奨しました。ローマ時代以降、テーブルビートのジュースは媚薬と考えられたり、中世では消化器や血液に関する問題に用いられたりしました。一部の文化圏では、特定の行事でビートを食べる習慣も見られます。

栽培と特性

ビートは、飼料用（マンゲルワーゼル）、砂糖用（テンサイ）、葉菜用（フダンソウ、スイスチャード）、根菜用（テーブルビート）として大規模に栽培されています。

一部のテーブルビート品種には、土のような風味を感じさせるゲオスミンという成分が含まれています。この成分が植物自体によって生成されるのか、土壌微生物に由来するのかはまだ明らかになっていませんが、育種によってゲオスミンが少ない品種の開発が進められています。

ビートは現代の作物の中でも特にホウ素を多く必要とする植物の一つです。これは、おそらく祖先が海辺に生息し、潮風に含まれるホウ素に常にさらされていたことへの進化的な適応と考えられています。ホウ素が不足すると、生育が悪化し、病気にかかりやすくなります。

歴史

現代の栽培ビートの祖先であるシービートは、地中海沿岸に自生していました。エジプトのテーベにある紀元前2600年頃のピラミッド遺跡や、オランダの新石器時代の遺跡からもビートの痕跡が見つかっており、その歴史は非常に古いことが分かっています。紀元前8世紀のメソポタミアの記録にもビートについての記述が見られ、古代ギリシャの哲学者テオプラストスやアリストテレスも言及しています。

確認できる資料からは、古代ローマやユダヤの時代には葉菜としてのフダンソウやスピナッチビートが主に栽培されていたことが示唆されています。しかし、ローマの料理書には根を利用したレシピも記載されており、テーブルビートの栽培も行われていた可能性が高いです。中世ヨーロッパでは、テーブルビートは一般的な栽培作物となりました。

テンサイの本格的な歴史は18世紀中頃に始まります。プロイセン王国の支援のもと、アンドレアス・マルクグラフがテーブルビートから砂糖を分離することに成功しました。彼の弟子であるフランツ・カール・アシャールが砂糖含有量の高い品種を選抜し、モーリッツ・バロン・フォン・コッピーらがさらに改良を加え、砂糖含有率が約6%の「シレジアの白いテンサイ」が誕生しました。現代のすべてのテンサイはこの品種の子孫です。

1801年、シレジアに世界初のテンサイからの砂糖抽出工場が設立されました。ナポレオン戦争中、イギリスによるサトウキビ供給封鎖に対抗するため、ナポレオンはテンサイ栽培と砂糖生産を奨励し、ヨーロッパ全体でのテンサイ産業の急速な発展につながりました。1840年までに世界の砂糖生産量の5%を占めるようになり、1880年には50%を超える主要作物となりました。北アメリカには1830年代以降にもたらされ、チリには1850年頃にドイツ系移民によって伝えられました。現在もテンサイは砂糖生産のための重要な商品作物として世界中で栽培されています。

ビートは、その多様な品種と利用法、そして長い歴史を通じて、人々の生活と深く関わってきた植物と言えます。

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