ピウス9世 (ローマ教皇)

ピウス9世：激動の時代を生きた教皇

ピウス9世（1792年5月13日 - 1878年2月7日）は、第255代ローマ教皇であり、その在位期間は31年7ヶ月と、歴代教皇の中でも最長を記録しました。本名はジョヴァンニ・マリア・マスタイ＝フェッレッティ。彼は、イタリア統一運動（リソルジメント）の嵐の中で教皇領を失い、近代社会との決別を宣言した人物として、歴史に名を刻んでいます。一方で、聖母マリアの無原罪の御宿りの教義を正式に制定するなど、カトリック教会の教義発展にも大きく貢献しました。その功績から、カトリック教会の福者として列福されています。

生涯

教皇への道

1792年、ピウス9世は教皇領のセニガッリアで、裕福な貴族の家に生まれました。神学校で学び、1819年に司祭に叙階。1823年には、チリ政府からの要請で派遣された宣教団の監査官として南アメリカへ渡りました。ウルグアイ、アルゼンチンを経てサンティアゴに到着しますが、現地の政情不安から宣教団の任務は失敗に終わり、2年後にローマへ帰還します。1831年にスポレートの大司教に任命され、1840年には枢機卿に選出。1846年、グレゴリウス16世の死去に伴うコンクラーヴェで、改革派と目されていたフェレッティが選出され、ピウス9世として教皇の座に就きました。当時としては最年少の54歳であり、国内外から熱烈な歓迎を受けました。

自由主義者から反動主義者へ

教皇就任当初、ピウス9世は政治犯の恩赦や鉄道敷設の許可、出版の検閲緩和など、自由主義的な政策を推進しました。イタリア統一運動が高まる中、教皇領の独立を主張する姿勢は、人々から「覚醒教皇」として支持を集めました。しかし、1848年のフランス2月革命の影響を受け、イタリアでも立憲政治を求める革命運動が広がると、教皇は次第に自由主義から距離を置くようになります。ローマ新憲法を発布するも、教会側の優位を認めた保守的な内容であり、人々の失望を招きました。サルデーニャ国王がオーストリアに宣戦布告すると、教皇はカトリック国の分裂を恐れ、戦争不介入を表明。リソルジメントとは一線を画し、1864年の「誤謬表」発表へと繋がります。この「誤謬表」は、自然主義、合理主義、自由主義といった近代思想を否定するもので、教皇庁と近代社会との断絶を決定的なものとしました。

サルデーニャとの対立、そして「バチカンの囚人」

教皇の変節に民衆は反発。1848年にはローマで暴動が発生し、教皇自身も軟禁状態に置かれます。ピウス9世はローマを脱出し、ガエータへ避難。1849年にはローマ共和国が成立しますが、教皇はフランスの援助を求め、フランス軍がローマに進駐。1850年にローマへ帰還しますが、イタリア統一を目指すサルデーニャ王国との対立は激化の一途を辿ります。1870年、イタリア王国軍がローマを占領し、教皇領は廃止。ローマはイタリア王国の首都となり、教皇は自らを「バチカンの囚人」であると宣言し、イタリア政府との断交状態が続きました。

晩年と列福

以降、ピウス9世はバチカンから一歩も外に出ることなく、カトリック教会の最高指導者としての影響力を発揮し続けました。第1バチカン公会議を召集し、「教皇不可謬説」を採択。ドイツ帝国のビスマルク首相との間で文化闘争を繰り広げましたが、カトリック勢力維持のため最後まで積極的な活動を続けました。日本とも縁があり、日本二十六聖人を列聖したのもピウス9世です。

1878年2月7日、ピウス9世は教皇宮殿で生涯を終えました。その在位期間は、史実で明らかな教皇の中では最長です。遺骸はサン・ロレンツォ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂に埋葬されましたが、葬儀ではピウス9世の保守的な言動に反感を持つ人々によるデモが発生するなど、波乱に満ちた生涯を象徴する出来事となりました。2000年9月3日、教皇ヨハネ・パウロ2世によって列福されました。

参考文献

* 松本佐保『バチカン近現代史 ローマ教皇たちの「近代」との格闘』中央公論新社〈中公新書〉、2013年。ISBN 978-4-12-102221-9

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