ピエタ (ティツィアーノ)

ティツィアーノの絶筆『ピエタ』：悲劇と信仰が交錯する晩年の傑作

『ピエタ』は、ルネサンス期のヴェネツィア派を代表する巨匠、ティツィアーノ・ヴェチェッリオが最晩年に手がけた作品の一つです。彼の死によって未完のまま残されましたが、パルマ・ジョーヴァネによって補筆され完成しました。この作品は、元々ティツィアーノ自身の墓所に飾るために制作されたもので、二つの教会の設置を想定した二段階の制作過程を経ており、現在はヴェネツィアのアカデミア美術館に所蔵されています。

パルマ・ジョーヴァネによる補筆

1570年代に描かれたティツィアーノの作品は、完成度や制作に関わった人物について議論が続いています。同時期には、『タルクィニウスとルクレティア』、『聖ヒエロニムス』、『マルシュアスの皮剥ぎ』、『アクタイオンの死』、『荊冠のキリスト』などの重要な作品があり、これらもティツィアーノの死後にアトリエに残されていたと考えられています。

『ピエタ』もまた、未完のまま残された作品の一つで、画面下部の銘文にはパルマによって仕上げられたことが記されています。しかし、彼の加筆は最小限に留められ、ティツィアーノの様式を尊重したものであったとされています。パルマの加筆は、松明を持つ天使や、神殿のティンパヌム（三角形の部分）の仕上げ、右端の巫女の彫像、そして前景右側に跪く男性の外套などが指摘されています。また、建物の仕上げにも関わり、画面左下の天使や、ヴェチェッリオ家の紋章、小さな奉納画も彼の加筆とみなされています。

作品の特徴

『ピエタ』は、ティツィアーノの晩年の様式を代表する作品です。1570年頃から本格化したこの様式は、1550年代の作品にもその兆候が見られます。筆致は大胆で印象主義的になり、何度も塗り重ねられています。形態と空間の境界は曖昧になり、形態は暗闇から浮かび上がり、色彩と光の点滅によって表現されています。

この作品は、90歳近いティツィアーノの衰えぬ創造力と深い宗教的感情が込められています。金色と銀灰色の空間は、事物を溶け込ませ、レンブラントを先駆けるような幻想的な空間を作り出しています。元々の構図は、イエス・キリストと聖母マリアというピエタの主題に一般的な二人だけでしたが、完成後に拡大されています。

画面中央の人物群の後ろには、マニエリスム的なエディクラ（壁龕）があり、その両側には彫像が置かれています。ペディメントの上にはランプが灯り、その周囲には「人間の堕落のイチジクの葉」と思われる植物があります。画面左上には暗い空が見え、ペディメントの下には三位一体やキリストを象徴するとされる石塊が描かれています。

画面右下の人物は、福音書に登場するニコデモまたはアリマタヤのヨセフとされ、キリストに触れようと手を伸ばしています。この人物は、ティツィアーノの自画像であるという説が有力です。左側に立つマグダラのマリアは、他の人物とは異なり、動きのある姿で描かれています。壁龕の両側にある彫像は、十戒の板を持つモーセと、キリストの到来を予言したとされるヘレスポントスのシビュラです。松明を持つ天使は、夜の情景を照らし出し、壁龕のドームには、ペリカンがヒナに血を与えるモザイクが描かれています。これは、キリストの受難と贖罪を象徴しています。

画面右下には、奉納画があり、そこにはティツィアーノと息子のオラツィオが、ピエタに祈りを捧げる姿が描かれています。二人はペストからの救いを祈っていたと考えられますが、実際にはペストで亡くなっています。奉納画の背後には、ヴェチェッリオ家の紋章があります。画面左下には、天使が香油の壺を持っています。

作品の歴史と場所との適合

ティツィアーノは、故郷の教会に埋葬されることを望んでいましたが、後にヴェネツィアのサンタ・マリア・グロリオーザ・デイ・フラーリ聖堂に埋葬されることを計画しました。彼は、『ピエタ』を十字架像礼拝堂に設置しようとしましたが、修道士たちの反対にあい、別の礼拝堂に掛けられました。これに激怒したティツィアーノは、絵画を取り戻し、故郷の教会の祭壇に設置するために拡大しました。

しかし、ティツィアーノはペストで亡くなり、息子のオラツィオもその後亡くなったため、絵画はヴェネツィアに留まることになりました。パルマ・ジョーヴァネによって完成された後、1628年にサンタンジェロ教会に掛けられましたが、後に教会が取り壊され、1814年にアカデミア美術館に入りました。

『ピエタ』は、フラーリ聖堂でも存在感を示しています。絵画が設置されるはずだった礼拝堂には、19世紀にティツィアーノに捧げられた記念碑があり、そこには本作を含むティツィアーノの作品の大理石レリーフが飾られています。

この作品は、教会の広大な空間を考慮して、動き回る人々にも見えるように設計されており、聖堂に入ると右手の祭壇に置かれていることがわかります。マグダラのマリアは、教会内の別の作品である『ペーザロ家の祭壇画』の方向を指し示しているように見えます。また、彫像は『聖母被昇天』の方向を指しているように見えます。

絵画がカドーレの教会に合うように拡大された際に、四隅にはキャンバスが継ぎ足され、5枚のキャンバスが使われています。

作品の分析

トム・ニコルズによれば、この作品はキリストの死に直面する人々の感情の衝突を劇的に表現しており、ピエタの一般的な形態的な統一感を壊し、より抽象的な美の調和を追求しているとしています。

『ピエタ』はヴェネツィアでは珍しい主題であり、ティツィアーノがこの主題を選んだのは、ミケランジェロの彫刻『フィレンツェのピエタ』の影響があるとされています。ミケランジェロの彫刻もまた、自身の墓所を飾るために制作され、ニコデモとして自画像が彫られています。ティツィアーノは、絵画が彫刻よりも優れているという「パラゴーネ（芸術における優劣論争）」を意識しており、この作品は、偉大なライバルであるミケランジェロを打ち負かすための最後の試みだったとも考えられます。エルヴィン・パノフスキーは、二人の関係を「生涯続いたライバル関係だが、それはお互いに対する尊敬心と敵対心が合わさったもの」と見ています。

また、ティツィアーノの師であるジョヴァンニ・ベッリーニの作品にも似た要素が見られ、例えば、モザイクのある半円形ドームは、ベッリーニの『サン・ジョッベ祭壇画』にも見られます。

シドニー・J・フリードバーグは、本作を「キリスト教の死と悲劇の絵画というより、芸術と生命両方を肯定する、素晴らしい、情熱的な作品」と評しています。作品の真の主人公はマグダラのマリアであり、彼女は、鑑賞者と一体となり、現実世界に語りかけているようです。

『ピエタ』は、ティツィアーノの晩年の傑作として、そのドラマティックな構成と深い感情表現、そして歴史的な背景から、多くの人々を魅了し続けています。

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