ヘンリー・カットナーのクトゥルフ神話

ヘンリー・カットナーとクトゥルフ神話：イオド神と独自の世界観

ヘンリー・カットナーは、1935年に作家デビューを果たしたカリフォルニア出身の作家です。キース・ハモンドといった複数のペンネームも使用していました。彼のクトゥルフ神話作品群は、ハワード・フィリップス・ラヴクラフト（以下HPL）からの影響を受けつつも、独自の特色を持つことで知られています。

カットナーがクトゥルフ神話に参入したのは1936年と、他の作家に比べるとやや遅めでした。HPLの死後（1937年3月没）の1939年には、複数の作品が一気に発表されています。彼の作品は、HPL作品に見られる「ラヴクラフト＝ダーレス路線」とは異なる独自性を持ち、高い評価を得ています。

カットナー神話の核心：イオドと生ける死者

カットナー神話の核となる存在は、イオド神です。彼の作品には、生きたまま死者となるという独特のテーマが繰り返し登場します。『クラーリッツの秘密』では、主人公が死んだ後も、意識を持ったまま死者たちの宴に参加する様子が描かれています。このパターンは、他の作品にも見られる特徴的な要素です。

カットナー神話の体系化：編纂者たちの試練

クトゥルフ神話を体系化する上で、カットナー神話の要素をどのように位置づけるかは、フランシス・レイニーやリン・カーター、サンディ・ピーターセンといった辞典編纂者たちにとって大きな課題でした。カットナー作品は独自性が高く、他の作家作品と単純に統合することが困難だからです。しかしながら、いくつかの有名な設定はカットナーの補強によって成り立っているため、無視することはできません。このため、編纂者たちはカットナー神話独自の整合性を保ちつつ、他の作品群と調和させる試みを続けてきました。

主要作品と解説

カットナーのクトゥルフ神話作品をいくつか紹介します。以下、WTは『ウィアード・テールズ』、SSは『ストレンジ・ストーリーズ』を略記します。また、青心社の『クトゥルー』（クト）、国書刊行会の『真ク・リトル・リトル神話大系』（真ク）、『新編真ク・リトル・リトル神話大系』（新ク）といったアンソロジーにも収録されています。

1. クラーリッツの秘密 (WT 1936/10)

イオド神の初出作品。東雅夫氏は「ラヴクラフト『魔宴』の中世ドイツ版といった趣」と評しています。主人公は、一族に受け継がれる呪いの秘密を解き明かす中で、自分が既に死んでいることを知ることになります。この作品は、カットナー作品における「意識ある死者」というモチーフの始まりを示す重要な作品です。

2. セイレムの恐怖 (WT 1937/05)

1692年のセイレム魔女裁判を背景とした作品。邪神ニョグタとオカルティストのマイケル・リーが初登場します。ラヴクラフトの魔女小説の影響が色濃く見られます。

3. 暗黒の口づけ (WT 1937/06)

ロバート・ブロックとの共作。マイケル・リーが登場します。

4. 蛙 (WT 1939/02)

「修道士の谷」を舞台とした作品。東雅夫氏は「『ダニッチの怪』の化け蛙版」と表現しました。人間の傲慢さと自然の怒りを描いた作品です。

5. 侵入者 (SS 1939/02)

20世紀のカリフォルニアと古代ムー大陸を舞台とした作品。カットナー独自の創造神ヴォルヴァドスと、異次元からの侵略者「触手」が登場します。この作品は、ダーレス神話とは異なる、独自の神話体系を示唆する重要な作品です。

6. ヒュドラ (WT 1939/04)

ヒュドラとアザトース、ファロールが登場する作品です。

7. 恐怖の鐘 (SS 1939/04)

カットナーの地元カリフォルニアが舞台。キリスト教とインディオの対立、そしてクトゥルフ神話を融合させた作品です。イオドの書が初登場します。

8. 狩りたてるもの (SS 1939/06)

イオド神が登場する作品。悪夢を通して襲い来る異次元生物を描写しています。『蛙』と同じく「修道士の谷」が舞台となっています。

カットナーが創造した存在

カットナーは、イオド、ヴォルヴァドス、ニョグタといった独自の神々や、ズシャコン、マイケル・リーといったキャラクターを生み出しました。これらの存在は、彼の作品に独自の深みと魅力を与えています。

カットナー神話のその後

カットナーの作品は、後の作家や辞典編纂者によって解釈や設定が拡張されてきました。リン・カーターはニョグタやズシャコンの設定を補強し、他の作家もカットナーの創造物を自身の作品に取り入れています。カットナー神話は、クトゥルフ神話全体に独自の影響を与え続けているのです。

結論

ヘンリー・カットナーは、HPLからの影響を受けつつも、独自のアイデアと優れた描写力で、クトゥルフ神話に新たな地平を開きました。彼の作品は、読みやすく、かつ深い考察を促す魅力に満ちており、現代においても高い評価を得ています。イオド神を中心とした独自の宇宙観や、生ける死者のモチーフは、クトゥルフ神話研究において重要な要素であり続けるでしょう。

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