モン文字

モン文字：東南アジアの歴史を刻む文字体系

モン文字は、オーストロアジア語族に属するモン語を表記するために用いられる文字体系です。現在使用されているモン文字は、ビルマ文字と多くの類似点を持ちますが、歴史を遡れば独自の進化を遂げてきた興味深い文字体系です。

古モン文字と歴史

モン文字の起源は古く、現存する最古の碑文は6世紀にタイ中部のナコーンパトムで発見されたものです。その後、タイ北部ハリプンチャイ王国（11～12世紀頃）の碑文にもモン文字が使用されており、パーリ語と併記された例が見られます。これらの碑文は、ミャゼディ碑文と酷似した文字体系を用いています。

多くの東南アジアの文字と同様に、モン文字は南インドのパッラヴァ・グランタ文字から発展したとする説が有力ですが、未だ議論の余地は残されています。

11世紀に興隆したビルマのパガン王朝は、モン文化の強い影響を受けており、ビルマ文字自体がモン文字を基に作られたとする見解もあります。アノーヤター王によるタトンの征服と、パーリ仏典や僧侶のパガンへの導入は、この文化交流の象徴的な出来事と言えるでしょう。

パガン王朝初期の碑文は、全てモン語で記されており、12世紀初頭に現れたミャゼディ碑文が初めてビルマ語を記した碑文となります。興味深いことに、この碑文はピュー語を除くパーリ語、モン語、ビルマ語の3言語を、基本的に同じ文字体系で表記しています。

初期のモン＝ビルマ文字は角張った形状でしたが、時代と共に現在のような丸みを帯びた形へと変化していきました。

ビルマ文字との比較

モン文字とビルマ文字は多くの共通点を持つ一方、いくつかの文字や母音記号においては明確な違いが見られます。例えば、ဨ（e）、ၚ（ṅa）、ၛ（jha）などの字形は、ビルマ文字とは大きく異なっています。

また、ビルマ語には存在しない両唇入破音を表す文字（ၜ ḅa /ɓaʔ/ および ၝ /ɓɛ̀ʔ/）を有する点が特徴的です。歯茎入破音/ɗ/については、そり舌音のための文字であるဍ ḍaを流用しています。

モン語は声調を持たないため、声調表記の必要がありません。ただし、現代モン語では歴史的な有声子音の多くが無声化し、息もれ声を伴う発音へと変化しました。しかし、現在の正書法は、無声化する以前の発音を反映しているため、有声子音として書かれている文字は実際には息もれ声で発音されます。有声子音は母音の音価にも影響を及ぼし、母音記号がない場合、無声子音では/aʔ/、有声子音では/ɛ̀ʔ/が後続します。

モン文字は、語頭に豊富な子音結合を許容しますが、それらが全て実際に子音結合として発音されるわけではありません。

Unicode との統合

Unicodeでは、ビルマ文字と統合されているものの、モン語特有の文字や記号も定義されています。これは、モン文字がUnicodeという国際的な文字符号化標準に組み込まれ、デジタル環境での利用が容易になったことを意味します。

参考文献

桜井由躬、石井米雄 著「メコン・サルウィン川の世界」、石井米雄; 桜井由躬 編『東南アジア史 I 大陸部』山川出版社、1999年
Court, Christopher (1996). “The Spread of Brahmi Script into Southeast Asia”. In Peter T. Daniels; William Bright. The World's Writing Systems. Oxford University Press.
Jenny, Mathias (2015). “Modern Mon”. In Mathias Jenny and Paul Sidwell (eds.). The Handbook of Austroasian Languages. 1. Leiden and Boston: Brill.
Wheatley, Julian K. (1996). “Burmese Writing”. In Peter T. Daniels; William Bright. The World's Writing Systems. Oxford University Press.

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