モーリス・アブラヴァネル

モーリス・アブラヴァネル（Maurice Abravanel, 1903年 1月6日生 - 1993年 9月22日没）は、オスマン帝国に生まれ、スイスで育ったユダヤ系の指揮者です。欧州各地でそのキャリアを積み、第二次世界大戦期にはナチスからの迫害を避けて亡命生活を送りました。特にアメリカ合衆国、とりわけユタ州での活動は特筆され、ユタ交響楽団を国際的な水準にまで高めた功績で知られています。

生い立ちと初期の教育

アブラヴァネルは、当時オスマン帝国領であったサロニキ（現在のギリシャ、テッサロニキ）で生まれました。その家系は、1492年のレコンキスタによってイベリア半島を追われ、1517年にトラキア地方に移住した、古くから知られるセファルディムの家系に連なります。両親もサロニキ出身でしたが、1909年に家族はスイスのローザンヌへ移住し、父エドゥアールは薬剤師として事業を成功させました。ローザンヌでは、数年間にわたり高名な指揮者エルネスト・アンセルメと同じ住宅に住む機会に恵まれ、アブラヴァネル少年はアンセルメとピアノの連弾をしながら作曲に親しみ、ダリウス・ミヨーやイーゴリ・ストラヴィンスキーといった作曲家たちとも面識を得ました。こうした経験を通じて音楽への傾倒を深め、やがて音楽家を志すようになります。ローザンヌの市立劇場でコレペティトール（歌手の伴奏や指導を行う音楽コーチ）を務める傍ら、日刊紙に音楽評論を寄稿するなど、活動の幅を広げました。

父からは医師の道を勧められ、チューリヒ大学医学部に進学しましたが、医学の道には馴染めませんでした。自らの気持ちを率直に父に伝え、音楽への道を歩むことを選びます。

ドイツでのキャリア

1922年、アブラヴァネルは当時の不況下にあったワイマール共和国のベルリンへと留学します。経済的には困難な時代でしたが、ベルリンには三つの主要な歌劇場（ベルリン国立歌劇場、ベルリン市立歌劇場、クロル歌劇場）が存在し、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーやブルーノ・ワルター、リヒャルト・シュトラウス、オットー・クレンペラーといった巨匠たちの指揮による公演が連日行われるなど、音楽活動は活発でした。アブラヴァネルはここで作曲家クルト・ヴァイルに師事しました。

一年後、僅か20歳でノイシュトレリッツの歌劇場にコレペティトールとして採用されます。この職は、リハーサルや歌手指導、劇場運営の雑務をこなしつつ、急な指揮者の代役を務める機会が多く、指揮者を目指す者にとって格好の登竜門でした。

1924年にノイシュトレリッツ歌劇場が火災で全焼した後、アブラヴァネルは城館で行われた演奏会でリハーサルなしの指揮を二度務め、指揮者としての経験を積みました。1925年にはザクセン州ツヴィッカウで合唱指揮者のポストを得て、二年間オペレッタの指揮に携わりました。ツヴィッカウでの成功が認められ、アルテンブルクの歌劇場でより条件の良い常任指揮者の地位を得ます。同地でのオーディションを通じて、著名なソプラノ歌手ヘドヴィヒ・シャーコの娘フリーデルと出会い、後に伴侶となりました（フリーデルはカトリックに改宗し、マリーの洗礼名を用いました）。アルテンブルクで二年間を過ごした後、カッセル歌劇場の首席指揮者に就任します。

1931年には、ベルリン国立歌劇場でヴェルディの『運命の力』を指揮し、楽団員からその力量を高く評価され、客演指揮者として再招聘されることになりました。まだ27歳という若さでの快挙でした。

亡命と世界での活動

アドルフ・ヒトラーの政権掌握に伴い、多くのユダヤ系芸術家がドイツからの脱出を余儀なくされる状況下、アブラヴァネルは師であったヴァイルの後を追うように1933年にパリへ亡命します。パリでは、マーラー作品の権威として知られたブルーノ・ワルターに師事しました。ワルターの推薦によりパリ・オペラ座に客演し、モーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』を上演した他、ピエール・モントゥーが常任を務めるパリ交響楽団にも客演しています。パリ滞在中には振付家のジョージ・バランシンと交流を持ち、そのバレエ団で指揮を務めた他、師であるヴァイルの作品をパリに紹介する活動も行いました。

しかし、フランスにおける反ユダヤ主義の高まりを受け、ヴァイルがニューヨークへ向かった後、アブラヴァネルも間もなく1934年にオーストラリアへの移住を決意します。以前よりメルボルンとシドニーの歌劇場から指揮のオファーを受けていたためです。6週間の航海の末にオーストラリアに到着すると、「ヨーロッパから来た偉大な指揮者」として熱烈な歓迎を受けました。まだ31歳になったばかりでした。メルボルンで13週間のシーズン、シドニーで2ヶ月間のシーズンを指揮し、ヴェルディの『アイーダ』といった大作から、ワーグナー、ビゼー、プッチーニなど、幅広いレパートリーを手がけました。

アメリカでの拠点とユタ交響楽団

1936年春、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場からドイツ・オペラ及びフランス・オペラの指揮者として招かれ、3年間の契約を結びアメリカへと渡ります。ニューヨークでは、ブロードウェイの舞台でヴァイルのミュージカル作品も指揮しました。しかし、より長期的な活動を見据え、自らの拠り所となる常設オーケストラの必要性を強く感じるようになります。

そのような折、招きに応じてユタ州のユタ交響楽団へと赴任します。当時、非常勤団員が中心だった地方オーケストラでしたが、アブラヴァネルは根気強く、そして情熱的に指導し、短期間のうちに国内外で評価される一流のオーケストラへと育て上げました。ヴァンガード、ヴォックス、エンジェル、CBSといった主要レコードレーベルと契約を結び、積極的に録音活動を行ったことも、オーケストラの知名度向上に大きく貢献しました。彼はまた、ユタ交響楽団のための恒久的な本拠地建設にも尽力し、コンサートホールの設立を強力に推進しましたが、その完成は彼の引退後のこととなりました。現在、そのホールは彼の偉大な功績を称え、アブラヴァネル・ホールと名付けられています。

アブラヴァネルは、ユタでの活動の他にも、カリフォルニア州サンタバーバラで開催された西部音楽アカデミーの夏季講習会で若い演奏家たちを指導し、また、タングルウッド音楽祭にも度々客演し、同音楽祭の終身アーティスト・イン・レジデンスという栄誉ある地位を与えられました。

主な録音と指揮の特徴

アブラヴァネルの指揮による代表的な録音としては、グスタフ・マーラーやピョートル・チャイコフスキーの交響曲全集、レイフ・ヴォーン・ウィリアムズの宗教作品、エクトル・ベルリオーズの『レクイエム』、エリック・サティ、アルテュール・オネゲル、エドガー・ヴァレーズといった近現代の管弦楽曲など、多岐にわたります。彼はスコアに対する深い洞察力を持ち、長大あるいは難解とされる作品においても、その構造を明晰に把握し、作品や作曲家が持つ本質的なメッセージを聴衆に明快に伝える手腕に長けていました。シリアスな大作から、ルロイ・アンダーソンの作品に代表される、いわゆるライト・クラシック音楽の演奏まで得意とし、そのレパートリーの幅広さを示しました。

晩年

モーリス・アブラヴァネルは、90年の生涯を閉じ、ソルトレイクシティで逝去しました。

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