ランスへの旅、または黄金の百合咲く宿

『ランスへの旅、または黄金の百合咲く宿』（Il viaggio a Reims ossia L'albergo del giglio d'oro ）は、ジョアキーノ・ロッシーニが作曲した全1幕のドラマ・ジョコーソです。1825年に行われたフランス国王シャルル10世の戴冠式のために作曲され、初演はカンタータ形式で行われたため、「劇的カンタータ」とも呼ばれます。一般的には『ランスへの旅』 (Il viaggio a Reims ) と表記されます。

作品の誕生と忘却

1825年のシャルル10世の戴冠式に際し、パリの劇場は戴冠式とフランスの栄光を讃える作品を上演する計画を立てました。当時パリの王立歌劇場であったイタリア劇場の音楽監督であったロッシーニも例外ではありませんでした。彼は新国王とブルボン家の復古王政を讃えるためにこの作品を作曲しました。歴代のフランス国王の戴冠式はランス大聖堂で行われてきましたが、シャルル10世の戴冠式が最後となりました。ランスのトー宮殿には、戴冠式で使用された品々が展示されています。

物語は、フランスの保養地プロンビエールにあるホテル「黄金の百合」（フランス国王の紋章であるフルール・ド・リス、金色の百合の花を意味します）を舞台に展開します。戴冠式に参加するために集まったヨーロッパ各国の貴族たちが、1825年5月28日（戴冠式の前日）に繰り広げるコミカルな人間模様が描かれます。

作品は1825年 6月19日にパリのイタリア劇場で初演され、ジュディッタ・パスタをはじめとする当時の最高のベルカント歌手がキャスティングされました。題材のタイムリーさも相まって、初演は大成功を収めました。作家スタンダールは、この作品を「ロッシーニの最も優れた音楽」と評しました。

しかし、戴冠式の熱狂が過ぎると、この作品は劇場のレパートリーから姿を消し、楽譜もロッシーニ自身によって回収され、メロディーの一部が『オリー伯爵』（1828年初演）に転用されました。その後、楽譜は散逸し、上演されることはありませんでした。

作品の復元と蘇演

1970年代後半から始まった「ロッシーニ・ルネサンス」と呼ばれるロッシーニ再評価の動きの中で、散逸していた『ランスへの旅』の楽譜の復元が行われました。ヨーロッパ中からロッシーニの直筆譜が集められ、慎重な研究が行われました。

復元された作品は、1984年にロッシーニの故郷ペーザロで開催されたロッシーニ・オペラ・フェスティバルで、ロッシーニ・ルネサンスの立役者の一人であるクラウディオ・アバドによって約150年ぶりに蘇演されました。同時に、ドイツ・グラモフォンによって世界初の録音も行われました。その後、アバドによってミラノ・スカラ座やウィーン国立歌劇場でも取り上げられ、1992年10月にはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団で、アバドの指揮、シルヴィア・マクネアー、ルッジェーロ・ライモンディといった豪華キャストで上演され、大成功を収めました。

登場人物

- コルテーゼ夫人：ホテル「黄金の百合」の女将
- マッダレーナ：女中頭
- アントニオ：ボーイ長
- ドン・プルデンツィオ：医者
- フォルヌヴィル伯爵夫人
- ルィジーノ：フォルヌヴィル伯爵夫人の従弟
- モデスティーナ：フォルヌヴィル伯爵夫人の小間使い
- トロムボノク男爵
- ドン・プロフォンド：骨董マニア
- ドン・アルヴァロ：スペインの提督
- メリベーア侯爵夫人：イタリアの将軍の未亡人、ポーランド出身
- リーベンスコフ伯爵：ロシアの伯爵
- コリンナ：ローマの女流詩人
- シドニー卿：イギリスの卿
- ベルフィオール：色男騎士

楽器編成

- 木管楽器:フルート3（3番はピッコロ持ち替え）、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2
- 金管楽器:ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、セルパン
- 打楽器:ティンパニ、大太鼓、シンバル、トライアングル、鐘
- その他:弦五部（第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス）、ハープ
- 混声合唱

あらすじ

時と場所: 1825年のフランス、プロンビエールにあるホテル「黄金の百合」

第1幕

ホテル「黄金の百合」では、女将のコルテーゼ夫人や女中頭のマッダレーナ、ボーイ長のアントニオが、国王の戴冠式に向かう人々の世話に大忙しです。医者のドン・プルデンツィオも、食事の献立にまで気を配るほど熱心です。それは、戴冠式のために集まった各国の貴族たちにホテルの名を売るためでした。

フォルヌヴィル伯爵夫人が到着します。彼女は、戴冠式のために用意した流行の衣装がまだ届かないと小間使いに催促しています。そこへ従弟のルィジーノが、馬車の事故で衣装がダメになったと告げます。夫人はショックで失神しますが、モデスティーナが帽子だけは無事だったと伝えると、すぐに立ち直ります。帽子が無事だったことに感謝する夫人の様子に、周囲は呆れます。

トロムボノク男爵はアントニオを呼び止め、チェックアウト時の支払いについて相談します。男爵は、ランスにやってきた人々の会計係を任されていました。男爵はフォルヌヴィル夫人の騒ぎを「おかしな人間の入った大きな檻」と表現します。

ドン・プロフォンド、スペインの提督ドン・アルヴァロ、ポーランド出身のメリベーア侯爵夫人、ロシアのリーベンスコフ伯爵が登場します。ドン・アルヴァロとリーベンスコフ伯爵は、メリベーア夫人を巡って恋の火花を散らしています。夫人のエスコートを巡って争う2人を、コルテーゼ夫人は止めようとしますが、うまくいきません。争いが激化しそうになった時、ローマの女流詩人コリンナが竪琴を奏でながら美しいアリアを歌い、その歌声に一同は心を和ませます。

コルテーゼ夫人が従者のジェルソミーノを待っていると、コリンナに密かに想いを寄せるイギリスのシドニー卿が花束を持って現れます。彼はコリンナの部屋の前に花束を匿名で送っていましたが、自分の気持ちを伝えることができずにいました。骨董マニアのドン・プロフォンドが現れ、シドニー卿に骨董品の情報を尋ねますが、卿はうんざりして立ち去ります。

コリンナが登場し、シドニー卿から贈られた花を愛でていると、コリンナに目をつけている色男騎士ベルフィオールが現れ、彼女に言い寄ります。しかし、コリンナは彼を拒絶します。

ドン・プロフォンドは、登場人物たちの持ち物を品定めし、お宝目録を作ります。フォルヌヴィル夫人が騎士ベルフィオールを探しに来ますが、ドン・プロフォンドが「詩を読んでいた」と伝えると、夫人は怒り狂います。

ドン・アルヴァーロ、リーベンスコフ伯爵、トロムボノク男爵が「恐ろしい災難が…」と叫び、何が起こったのかを尋ねると、男爵は「馬を確保できず、ランスに行けなくなった」と告げます。

この事態に一同が騒然となる中、コルテーゼ夫人が夫の手紙を持って現れます。手紙には「国王は数日中にパリに戻り、そこでも戴冠式を行う」と書かれていました。フォルヌヴィル夫人は、パリ行きの乗合馬車が出ていること、そしてパリの屋敷に皆を招待することを提案し、一同は賛成します。トロムボノク男爵が預かったお金について尋ねると、ドン・プロフォンドは「大宴会を開いて使いましょう」と提案し、リーベンスコフ伯爵も残りを困っている人に分け与えることを提案し、全員が賛成します。宴会の準備はコルテーゼ夫人に任されます。

一同が去った後、メリベーア夫人とリーベンスコフ伯爵はドン・アルヴァロを巡って言い争いますが、男爵の仲裁で仲直りし、伯爵は夫人に求婚します。

宴会場では、マッダレーナたちが準備に余念がありません。準備が整うと、トロムボノク男爵の乾杯の音頭の後、登場人物たちがそれぞれの国の音楽に合わせて新国王とフランス王室を讃えます。最後に、コリンナがシャルル10世を讃える即興詩を披露し、幕が下ります。

脚注

参考資料

- 『イタリア・オペラ・ガイド』河野典子（著）、星雲社 (ISBN 978-4434230516)
- 『新イタリア・オペラ史』水谷彰良 (著)、音楽之友社（ISBN 978-4276110410）
- 『オペラ名曲百科上増補版イタリア・フランス・スペイン・ブラジル編』永竹由幸著、音楽之友社（ISBN 4-276-00311-3）
- 歌劇『ランスへの旅』（アバド指揮、ベルリン・フィル）のCDの解説書、國土潤一著、（ASIN: B00005G8DO）
- 『オックスフォードオペラ大事典』ジョン・ウォラック、ユアン・ウエスト（編集）、大崎滋生、西原稔（翻訳）、平凡社（ISBN 978-4582125214）

外部リンク

- ランスへの旅の楽譜 - 国際楽譜ライブラリープロジェクト)

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