リュクルゴス (立法者)

リュクルゴス：伝説のスパルタ立法者

リュクルゴスは、古代ギリシアの都市国家スパルタにおいて、その独特な国制を築き上げたとされる伝説上の人物です。紀元前11世紀から8世紀頃の人物とされていますが、実在したかどうかは定かではありません。彼が生み出したとされる「リュクルゴス体制」は、スパルタの社会構造や軍事制度、教育システムに大きな影響を与え、「スパルタ教育」として知られる厳格な訓練方法が特徴です。

謎に包まれた生涯

リュクルゴスの生涯については、古代の文献に様々な記述が見られますが、どれも確証に欠け、謎に包まれています。プルタルコスの『対比列伝』における「リュクルゴス伝」が最もよく知られていますが、その他の文献でも断片的に言及されています。彼の出自についても諸説あり、スパルタの二つの王家、エウリュポン家かアギス家のいずれかの王族であったとされています。

エウリュポン家の場合、兄王の死後、一時的に王位に就いたものの、兄の遺児の誕生を機に王位を譲り、摂政となったとされます。その後、クレタ島、小アジア、エジプト、インドなど広範囲に渡る旅をし、その間にデルポイの神託やクレタの国制を参考にして「リュクルゴス体制」を考案したとされています。旅の途中では、ホメロスの写本を収集したり、インドで禁欲主義者であるギュムノソピスタイと交流したという逸話も残っています。

帰国後、リュクルゴスは自らが考案した体制をスパルタに導入しようとしましたが、富裕層からの反発に遭いました。最終的に、市民に体制を改変しないことを誓わせた上でデルポイに赴き、神に自身の立法の正当性を認めさせた後、絶食自殺したと伝えられています。彼の遺体は、遺言により火葬され、海に散骨されました。

また、リュクルゴスは古代オリンピックをエリスのイピトスと共に創始したという説も存在します。

リュクルゴス体制

リュクルゴスが創設したとされる「リュクルゴス体制」は、スパルタ社会の根幹をなす制度です。プルタルコスによれば、デルポイの神託を受けた「レトラ」に基づき、二人の王、28人の長老会（ゲルーシア）、民会（アペラ）の三権分立、部族の再編成が行われたとされています。

この体制には、土地の再分配による市民の平等化、鉄貨の使用、スパルタ教育（アゴーゲー）、共同飲食制度（シュシティア）、軍事制度、一夫多妻制を含む結婚制度など、多岐にわたる制度が含まれていました。後世には、王と長老の拒否権を加える「追加のレトラ」が加えられたともされています。

名言とラコニズム

リュクルゴスの名言は、プルタルコスの著作に複数記録されています。これらの名言は、簡潔で力強い「ラコニズム」の典型例とされ、スパルタ人の価値観や精神性を象徴するものとして伝えられています。

受容と研究

後世のスパルタでは、リュクルゴスは立法の功績により神として祀られ、祭日も設けられました。ヘレニズム時代には一時衰退した体制も、アギス4世やクレオメネス3世によって復活が試みられました。古典期以降には、非スパルタ人による史料が数多く残り、特にプラトン、アリストテレス、ポリュビオスなどは、リュクルゴス体制を理想的な国制として注目しました。リュクルゴスは、アテナイのドラコンやソロン、クレタ島のミノスといった他の立法者と比較されることもあります。

近年の研究では、リュクルゴスは実在の人物ではなく、体制の正当性を高めるために作り上げられた伝説である可能性が指摘されています。1980年代以降、歴史学研究法の発展や考古学の成果により、プルタルコスらの伝える内容が「スパルタの幻影」と呼ばれ、見直しが進んでいます。その結果、リュクルゴス体制の実際の成立時期は前6世紀と推定され、スパルタ人が自国の体制を伝統とみなすために、リュクルゴスという人物を創り上げたという説が有力になっています。

リュクルゴスのレリーフは、ベルギーのブリュッセル最高裁判所、アメリカ合衆国最高裁判所、アメリカ合衆国下院議事堂などにも存在し、彼の伝説がいかに後世に影響を与えているかを示しています。

主な史料

リュクルゴスに関する主な史料としては、以下のものが挙げられます。

テュルタイオスの詩の断片（体制には言及するが、リュクルゴスの名には言及せず）
ヘロドトス『歴史』（現存最古のリュクルゴスの立法への言及）
トゥキュディデス『戦史』（リュクルゴスの名には言及せず、体制に言及）
エポロスの歴史書の断片
プラトン『国家』、『法律』
アリストテレス『政治学』
クセノポン『ラケダイモン人の国制』
ポリュビオス『歴史』
キケロ『国家について』
プルタルコス『対比列伝』「リュクルゴス伝」、『倫理論集』「王と将軍たちの名言集」「スパルタ人たちの名言集」
パウサニアス『ギリシア案内記』
アイリアノス『ギリシア奇談集』

これらの史料は、リュクルゴスという人物像やリュクルゴス体制について知る上で重要な手がかりとなります。

参考文献

新村祐一郎「<論説>スパルタの制度とリュクルゴス伝説 : 立法伝説の形成とその時期」『史林』第44-4号、史学研究会、1961年。
新村祐一郎「リュクルゴス再考（研究ノート）」『大手前女子大学論集』第9号、大手前女子大学、1975年。
長谷川岳男「大レトラとタラス建市 : 古典期スパルタ社会の形成について」『東洋大学文学部紀要. 史学科篇』第45号、東洋大学、2020年。
長谷川岳男 著「スパルタ その神話と実像」、長谷川岳男 編『はじめて学ぶ西洋古代史』ミネルヴァ書房、2022年。
* 松原國師『西洋古典学事典』京都大学学術出版会、2010年。

これらの参考文献は、リュクルゴスやスパルタに関する研究をさらに深める上で有益です。

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