ルータン ボイジャー

ルータン ボイジャー：無着陸世界一周飛行を成し遂げた革新的航空機

ルータン ボイジャーは、1986年に人類初の無着陸・無給油での世界一周飛行を達成したアメリカの実験機です。この偉業は、パイロットのディック・ルータンとジーナ・イェーガー、そして航空技術者のバート・ルータンの兄弟による協力によって成し遂げられました。

世界一周飛行計画の始まり

ディック・ルータンは、ベトナム戦争で数々の勲章を受けた元空軍士官で、熟練のパイロットでした。一方、弟のバート・ルータンは、1970年代からユニークなホームビルト機を設計していた新進気鋭の航空技術者でした。彼らは共同で航空機製造会社を設立し、ディックはバートが設計した航空機のテストパイロットを務めていました。

1980年、カリフォルニア州の航空ショーで、ディックとバートはジーナ・イェーガーと出会います。製図士でありながら航空機に深い関心を持っていたイェーガーは、後にディックの恋人となり、彼の会社でテストパイロットとして働くことになります。彼女は、そこでロング・イージーの最高速度記録を樹立しました。

1981年、ディックとイェーガーは無着陸・無給油での世界一周飛行という大胆な計画を思いつき、バートにそのための航空機の設計を依頼しました。当時、無給油での最長飛行記録はB-52が1962年に達成した20,168kmであり、この計画は非常に挑戦的なものでした。バートは依頼に応え、モデル76という型番で機体を設計し、イェーガーはそれを「ボイジャー」（航海者）と名付けました。

機体の設計と開発

ボイジャーは、バートが初期に設計したバリ・ビゲンやバリ・イージーと同じく、エンテ型の翼配置を採用していました。これは、機体の前方に小さな翼（カナード翼）を持ち、主翼と後部の垂直尾翼は機体後方に伸びる2本のブームに取り付けられるという特徴的な構造です。翼のアスペクト比は、空気抵抗を減らすために非常に大きく設計されました。

機体の軽量化と強度確保のため、構造材料にはガラス繊維、炭素繊維、ケブラーなどの強化繊維と樹脂を組み合わせた複合材料が多用されました。エンジンの配置も特徴的で、機体の前後にそれぞれ1基ずつプロペラが取り付けられました。当初はライカミング製のエンジンを搭載していましたが、後にコンチネンタル製のエンジンに換装されました。牽引用のエンジンは離陸時にのみ使用され、巡航時は後部の推進用エンジンのみが使われる設計でした。

機体の製作は、バート、ディック、イェーガーの3人を中心に、ボランティアの手も借りて進められました。資金のほとんどは個人からの寄付に頼っていました。約4年の歳月をかけて製作され、1984年6月22日に初飛行に成功しました。その後、約1年半の試験と改良を経て、1986年12月に世界一周飛行の準備が整いました。

世界一周飛行の実行

1986年12月14日、ディックとイェーガーを乗せたボイジャーは、カリフォルニア州エドワーズ空軍基地を離陸しました。燃料を満載した機体は、離陸までに4.3kmも滑走しました。離陸時には、主翼が燃料の重みでたわみ、両翼端が地面と接触して破損するトラブルが発生しましたが、飛行は続行されました。

飛行中には、タイフーンなどの悪天候や、リビア領空通過の許可が得られず迂回を余儀なくされるなど、多くの困難に直面しました。燃料残量も常に気がかりでした。ディックとイェーガーは2～3時間ごとに操縦を交代しましたが、狭いコックピットでの生活は大きなストレスとなりました。

しかし、彼らはこれらの困難を乗り越え、12月23日に無事エドワーズ空軍基地に帰還しました。帰還時の燃料はほとんど残っておらず、まさに幸運と努力の結晶でした。総飛行時間は9日3分44秒、国際航空連盟公認の航続距離は40,212kmを記録し、平均飛行速度は187km/hでした。この偉業により、ルータン兄弟とイェーガーは当時のレーガン大統領から表彰されました。

ボイジャーは、現在では国立航空宇宙博物館に展示されています。その後、ボイジャーの記録は2005年と2006年にジェット機のバージン・アトランティック グローバルフライヤーによって破られましたが、その設計にもバート・ルータンが関わっていました。

性能諸元

全長：9.9 m
全幅：33.8 m
翼面積：33.7 m²
主翼アスペクト比：33.9
空虚重量：1,021 kg
最大離陸重量：4,397 kg
搭載燃料量：3,180 kg
エンジン：
牽引用：コンチネンタル O-240（水平対向4気筒・空冷、130 hp）
推進用：コンチネンタル IOL-200（水平対向4気筒・液冷、110 hp）
最高速度：240 km/h
巡航速度：160 km/h
実用上昇限度：5,000 m
航続距離：43,928 km

参考文献

David H. Onkst, Dick Rutan, Jeana Yeager, and the Flight of the Voyager - U.S. Centennial of Flight Commissionのサイト内の記事
en:Rutan Voyager
en:Burt Rutan
en:Dick Rutan
en:Jeana Yeager
圀竹泰夫ほか『図解入門 よくわかる航空力学の基本』秀和システム(2005) ISBN 4-7980-1020-0

関連項目

バート・ルータン
世界一周飛行

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