レオ10世と二人の枢機卿
盛期ルネサンス期イタリアの巨匠ラファエロ・サンツィオが、1518年に手掛けた油彩による群像肖像画です。『レオ10世と二人の枢機卿』として知られるこの作品は、当時のローマ教皇レオ10世を中心に、メディチ家の血を引く二人の枢機卿、ジュリオ・デ・メディチ（後の教皇クレメンス7世）とルイージ・デ・ロッシを描いています。ラファエロの描いた肖像画の中では特に規模が大きく、公的な性格よりも、メディチ家一族の強い結びつきを示す私的な肖像として制作された点が特徴です。現在、この貴重な作品はフィレンツェのウフィツィ美術館に収蔵されています。
この肖像に登場する三人は、いずれもフィレンツェの事実上の支配者であったピエロ・ディ・コジモ・デ・メディチとルクレツィア・トルナブオーニの子供たち、ロレンツォ豪華王、ジュリアーノ、そしてマリアの子孫にあたります。
中央に座るローマ教皇レオ10世の本名はジョヴァンニ・デ・メディチ。メディチ家の最盛期を築いたロレンツォ豪華王の次男として生まれました。弱冠16歳で枢機卿に任命されるも、父の死後、兄と共にフィレンツェから追放される苦難を経験します。しかし、1512年にはフィレンツェへ帰還し、メディチ家を再興。翌1513年には37歳という若さで教皇に選出され、その地位を確立しました。
教皇の向かって左に位置するのが枢機卿ジュリオ・デ・メディチです。彼は、パッツィ家の陰謀で暗殺されたジュリアーノ・デ・メディチと、その愛人フィオレッタ・ゴリーニの間に生まれました。生後すぐに母も失ったため、幼くしてロレンツォ豪華王に引き取られ、育てられました。ピサ大学で教会法を修めた後、レオ10世が教皇に就任すると、1513年3月に枢機卿、同年5月にはフィレンツェ大司教に任命され、教皇の強力な側近となります。レオ10世の死後、短期間のハドリアヌス6世の治世を経て、クレメンス7世として自ら教皇の座に就きました。
向かって右に描かれているのが枢機卿ルイージ・デ・ロッシです。彼の父はレオネット・デ・ロッシ、母はロレンツォ豪華王の姉妹であるマリア・ディ・ピエロ・デ・メディチです。したがって、彼はレオ10世の従兄弟にあたります。母を幼くして亡くし、父が投獄された後、おそらくルイージもジュリオと同様にロレンツォの家に迎え入れられ、レオ10世らと共に教育を受けたと推測されています。彼が枢機卿に昇格したのは、レオ10世の治世下、1517年のことでした。
この肖像画の制作は、1518年9月18日の出来事に深く関連しています。この日、教皇レオ10世の甥であり、ロレンツォ豪華王の孫にあたるウルビーノ公ロレンツォ2世・デ・メディチが、フランス国王フランソワ1世の親戚マッダレーナ・ド・ラ・トゥール・ドーヴェルニュとの結婚を記念してフィレンツェに入城しました。この結婚はメディチ家にとって、フランスとの関係を強化し、その影響力と権力をさらに広げる上で非常に重要な意味を持っていました。ヴァチカンを離れることのできない教皇に代わり、この祝賀ムードを盛り上げるために、絵画はローマからフィレンツェへ送られ、結婚披露宴のテーブルに飾られたといいます。翌年にはロレンツォとマッダレーナの間に、後のフランス王妃カトリーヌ・ド・メディシスが誕生しますが、ロレンツォは梅毒で、マッダレーナはペストで相次いで亡くなりました。
絵画は、紅色の豪華な調度品と輝きのある白色が基調となった空間に、三人の聖職者が威厳をもって配されています。空間は、ヴォールト天井を持つ小規模な書斎を思わせます。中央のレオ10世は、正面ではなくやや斜めから描かれ、緋色のテーブルクロスのかかった机の前に置かれた肘掛椅子に深く腰掛けています。彼は白いダマクス織のシャツの上に、シロテンの毛皮で裏打ちされた豪華な上着、そして緋色のビロードのモゼッタをまとい、カマウロ（教皇帽）を被っています。両側の枢機卿も、白いシャツの上に絹のモゼッタを着用し、頭にはカロッタを被っています。
レオ10世は左手に読書用のルーペを持ち、右手を机上の豪華な写本の上に置いていますが、視線は写本ではなく画面の左方向をまっすぐ見つめています。机の上には、彩り豊かな写本と精巧なデザインのベルが置かれています。この写本は、14世紀にナポリのアンジュー家のために制作された『ハミルトン聖書』であることが特定されており、開かれたページは「ヨハネによる福音書」の冒頭部分であることが確認できます。これらの小道具は、教皇の知性や権威を示唆するとともに、空間に奥行きを与えています。
教皇の向かって左に座るジュリオ・デ・メディチは、教皇の身体の向きと直交する形で配され、教皇と同様にまっすぐに画面の右方向を見つめています。三人のうち、ただ一人ルイージ・デ・ロッシだけが、肘掛椅子の背もたれに隠れるような位置から、鑑賞者の側、すなわち画面の外を見つめています。この視線の違いは、三者三様の性格や役割を示唆しているのかもしれません。
同時代の美術史家ヴァザーリは、その著書『画家・彫刻家・建築家列伝』の中で、この作品を高く評価しています。特に、人物の肌の質感や衣装の細部、机上のベルの描写など、写実的な表現の確かさを賛美し、描かれた人物たちの内面までもが伝わるような迫真性に満ちた描写が、鑑賞者に強い印象を与えると述べています。ラファエロはレオ10世としばしば顔を合わせていたことが知られており、教皇や両枢機卿の人物像を深く理解していたことがうかがえます。
構図の着想源としては、ラファエロ自身がヴァチカンの「署名の間」に描いたフレスコ画『グレゴリウス9世による教令集の授与』が指摘されています。この壁画でも、ユリウス2世がグレゴリウス9世として斜めから描かれ、その周囲には当時枢機卿であったレオ10世を含む群像が配されています。さらに直接的な影響としては、フランスの画家ジャン・フーケが1443年から1446年に制作した『エウゲニウス4世と二人の側近』との関連性が指摘されています。
制作はほぼラファエロ自身の手によるものとされています。ヴァザーリは弟子のジュリオ・ロマーノの関与を示唆していますが、作品に見られる彼の筆致はごくわずかです。科学的な調査からは、ラファエロが三人の人物の素描をそれぞれ別に制作し、それをこの画面上で組み合わせた可能性が示唆されています。
完成した肖像画は1518年、前述のようにフィレンツェへ送られ、ウルビーノ公ロレンツォ2世とマッダレーナの結婚祝宴の場に飾られました。ヴァザーリの記述によると、1524年にはマントヴァ侯爵フェデリコ2世・ゴンザーガがオッタヴィアーノ・デ・メディチ邸でこの作品を賞賛し、当時の教皇クレメンス7世（ジュリオ・デ・メディチ）に譲渡を懇願したといいます。しかし、メディチ家は手放すことを望まず、密かにアンドレア・デル・サルトにこの絵の正確な複製を制作させ、それを侯爵に送ったという逸話が伝えられています。ただし、現存する文書からは、侯爵が実際に絵を受け取ったのは1525年以降であり、この逸話の真偽については議論があります。
その後、肖像画は1589年にウフィツィ美術館の目録に記録され、メディチ家コレクションの一部として所蔵されました。ナポレオンによるイタリア侵攻の際には、1799年から1816年にかけて他の多くの美術品と共にフランスへ略奪されましたが、返還後に再びフィレンツェに戻されました。長らくピッティ宮殿のパラティーナ美術館に展示されていましたが、近年のウフィツィ美術館とパラティーナ美術館のコレクション再編成に伴い、現在はウフィツィ美術館で公開されています。作品は1995年と2017年から2018年にかけて修復が行われ、その美しさを現代に伝えています。
この作品は、多くの芸術家に影響を与え、ヴァザーリ自身が手掛けたものを含め、数多くの複製が制作されました。アンドレア・デル・サルトの複製は、彼のアトリエでヴァザーリも働いていたため、ヴァザーリによって詳しく記述されています。この複製は特に著名で、ヴェネツィア派の巨匠ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1546年に描いた『パウロ3世とその親族の肖像』にも影響を与えたことが指摘されています。ヴァザーリも1536年、オッタヴィアーノ・デ・メディチの依頼で複製を制作しており、これはホウカム・ホールに所蔵されている作品と考えられています。また、ジュリアーノ・ブジャルディーニによる複製では、ルイージ・デ・ロッシが教皇の別の甥であるインノチェンツォ・チーボ枢機卿に置き換えられており、ローマのコルシーニ宮殿に所蔵されています。これらの複製は、本作品が同時代および後世の芸術家たちに与えた強い印象と評価の高さを物語っています。
描かれた人物たち
この肖像に登場する三人は、いずれもフィレンツェの事実上の支配者であったピエロ・ディ・コジモ・デ・メディチとルクレツィア・トルナブオーニの子供たち、ロレンツォ豪華王、ジュリアーノ、そしてマリアの子孫にあたります。
中央に座るローマ教皇レオ10世の本名はジョヴァンニ・デ・メディチ。メディチ家の最盛期を築いたロレンツォ豪華王の次男として生まれました。弱冠16歳で枢機卿に任命されるも、父の死後、兄と共にフィレンツェから追放される苦難を経験します。しかし、1512年にはフィレンツェへ帰還し、メディチ家を再興。翌1513年には37歳という若さで教皇に選出され、その地位を確立しました。
教皇の向かって左に位置するのが枢機卿ジュリオ・デ・メディチです。彼は、パッツィ家の陰謀で暗殺されたジュリアーノ・デ・メディチと、その愛人フィオレッタ・ゴリーニの間に生まれました。生後すぐに母も失ったため、幼くしてロレンツォ豪華王に引き取られ、育てられました。ピサ大学で教会法を修めた後、レオ10世が教皇に就任すると、1513年3月に枢機卿、同年5月にはフィレンツェ大司教に任命され、教皇の強力な側近となります。レオ10世の死後、短期間のハドリアヌス6世の治世を経て、クレメンス7世として自ら教皇の座に就きました。
向かって右に描かれているのが枢機卿ルイージ・デ・ロッシです。彼の父はレオネット・デ・ロッシ、母はロレンツォ豪華王の姉妹であるマリア・ディ・ピエロ・デ・メディチです。したがって、彼はレオ10世の従兄弟にあたります。母を幼くして亡くし、父が投獄された後、おそらくルイージもジュリオと同様にロレンツォの家に迎え入れられ、レオ10世らと共に教育を受けたと推測されています。彼が枢機卿に昇格したのは、レオ10世の治世下、1517年のことでした。
制作の背景
この肖像画の制作は、1518年9月18日の出来事に深く関連しています。この日、教皇レオ10世の甥であり、ロレンツォ豪華王の孫にあたるウルビーノ公ロレンツォ2世・デ・メディチが、フランス国王フランソワ1世の親戚マッダレーナ・ド・ラ・トゥール・ドーヴェルニュとの結婚を記念してフィレンツェに入城しました。この結婚はメディチ家にとって、フランスとの関係を強化し、その影響力と権力をさらに広げる上で非常に重要な意味を持っていました。ヴァチカンを離れることのできない教皇に代わり、この祝賀ムードを盛り上げるために、絵画はローマからフィレンツェへ送られ、結婚披露宴のテーブルに飾られたといいます。翌年にはロレンツォとマッダレーナの間に、後のフランス王妃カトリーヌ・ド・メディシスが誕生しますが、ロレンツォは梅毒で、マッダレーナはペストで相次いで亡くなりました。
作品の詳細
絵画は、紅色の豪華な調度品と輝きのある白色が基調となった空間に、三人の聖職者が威厳をもって配されています。空間は、ヴォールト天井を持つ小規模な書斎を思わせます。中央のレオ10世は、正面ではなくやや斜めから描かれ、緋色のテーブルクロスのかかった机の前に置かれた肘掛椅子に深く腰掛けています。彼は白いダマクス織のシャツの上に、シロテンの毛皮で裏打ちされた豪華な上着、そして緋色のビロードのモゼッタをまとい、カマウロ（教皇帽）を被っています。両側の枢機卿も、白いシャツの上に絹のモゼッタを着用し、頭にはカロッタを被っています。
レオ10世は左手に読書用のルーペを持ち、右手を机上の豪華な写本の上に置いていますが、視線は写本ではなく画面の左方向をまっすぐ見つめています。机の上には、彩り豊かな写本と精巧なデザインのベルが置かれています。この写本は、14世紀にナポリのアンジュー家のために制作された『ハミルトン聖書』であることが特定されており、開かれたページは「ヨハネによる福音書」の冒頭部分であることが確認できます。これらの小道具は、教皇の知性や権威を示唆するとともに、空間に奥行きを与えています。
教皇の向かって左に座るジュリオ・デ・メディチは、教皇の身体の向きと直交する形で配され、教皇と同様にまっすぐに画面の右方向を見つめています。三人のうち、ただ一人ルイージ・デ・ロッシだけが、肘掛椅子の背もたれに隠れるような位置から、鑑賞者の側、すなわち画面の外を見つめています。この視線の違いは、三者三様の性格や役割を示唆しているのかもしれません。
同時代の美術史家ヴァザーリは、その著書『画家・彫刻家・建築家列伝』の中で、この作品を高く評価しています。特に、人物の肌の質感や衣装の細部、机上のベルの描写など、写実的な表現の確かさを賛美し、描かれた人物たちの内面までもが伝わるような迫真性に満ちた描写が、鑑賞者に強い印象を与えると述べています。ラファエロはレオ10世としばしば顔を合わせていたことが知られており、教皇や両枢機卿の人物像を深く理解していたことがうかがえます。
構図の着想源としては、ラファエロ自身がヴァチカンの「署名の間」に描いたフレスコ画『グレゴリウス9世による教令集の授与』が指摘されています。この壁画でも、ユリウス2世がグレゴリウス9世として斜めから描かれ、その周囲には当時枢機卿であったレオ10世を含む群像が配されています。さらに直接的な影響としては、フランスの画家ジャン・フーケが1443年から1446年に制作した『エウゲニウス4世と二人の側近』との関連性が指摘されています。
制作はほぼラファエロ自身の手によるものとされています。ヴァザーリは弟子のジュリオ・ロマーノの関与を示唆していますが、作品に見られる彼の筆致はごくわずかです。科学的な調査からは、ラファエロが三人の人物の素描をそれぞれ別に制作し、それをこの画面上で組み合わせた可能性が示唆されています。
来歴と影響
完成した肖像画は1518年、前述のようにフィレンツェへ送られ、ウルビーノ公ロレンツォ2世とマッダレーナの結婚祝宴の場に飾られました。ヴァザーリの記述によると、1524年にはマントヴァ侯爵フェデリコ2世・ゴンザーガがオッタヴィアーノ・デ・メディチ邸でこの作品を賞賛し、当時の教皇クレメンス7世（ジュリオ・デ・メディチ）に譲渡を懇願したといいます。しかし、メディチ家は手放すことを望まず、密かにアンドレア・デル・サルトにこの絵の正確な複製を制作させ、それを侯爵に送ったという逸話が伝えられています。ただし、現存する文書からは、侯爵が実際に絵を受け取ったのは1525年以降であり、この逸話の真偽については議論があります。
その後、肖像画は1589年にウフィツィ美術館の目録に記録され、メディチ家コレクションの一部として所蔵されました。ナポレオンによるイタリア侵攻の際には、1799年から1816年にかけて他の多くの美術品と共にフランスへ略奪されましたが、返還後に再びフィレンツェに戻されました。長らくピッティ宮殿のパラティーナ美術館に展示されていましたが、近年のウフィツィ美術館とパラティーナ美術館のコレクション再編成に伴い、現在はウフィツィ美術館で公開されています。作品は1995年と2017年から2018年にかけて修復が行われ、その美しさを現代に伝えています。
この作品は、多くの芸術家に影響を与え、ヴァザーリ自身が手掛けたものを含め、数多くの複製が制作されました。アンドレア・デル・サルトの複製は、彼のアトリエでヴァザーリも働いていたため、ヴァザーリによって詳しく記述されています。この複製は特に著名で、ヴェネツィア派の巨匠ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1546年に描いた『パウロ3世とその親族の肖像』にも影響を与えたことが指摘されています。ヴァザーリも1536年、オッタヴィアーノ・デ・メディチの依頼で複製を制作しており、これはホウカム・ホールに所蔵されている作品と考えられています。また、ジュリアーノ・ブジャルディーニによる複製では、ルイージ・デ・ロッシが教皇の別の甥であるインノチェンツォ・チーボ枢機卿に置き換えられており、ローマのコルシーニ宮殿に所蔵されています。これらの複製は、本作品が同時代および後世の芸術家たちに与えた強い印象と評価の高さを物語っています。
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