ロバート・トリヴァース

ロバート・トリヴァース（Robert L. Trivers, 1943年 2月19日 - ）は、社会行動の進化に関する画期的な理論で知られるアメリカ合衆国の進化生物学者です。彼の姓は日本語では一般的に「トリヴァース」と表記されますが、原音に近い発音は「トリヴァーズ」です。

主要な学術的貢献

トリヴァースは、進化生物学においていくつかの極めて重要な理論を提唱しました。特に広く認識されているのは以下の理論です。

- 互恵的利他主義（1971年）: 血縁関係のない個体間でも、将来の見返りを期待して助け合う行動（利他行動）が進化したメカニズムを説明する理論です。
- 親の投資理論（1972年）: 親が子の生存や繁殖のために費やす時間やエネルギーの量（親の投資）が、性淘汰や繁殖戦略に与える影響を分析する理論です。一般的に、より多く投資する性の個体（多くの場合メス）が配偶者選択において「選び」、投資の少ない性の個体（多くの場合オス）が「競う」傾向が生じると論じました。
- 親子の対立（1974年）: 親と子の間には、最適な投資量や資源分配に関して利害の不一致が生じることを示す理論です。子は親からの投資をより多く求め、親は他の子や将来の繁殖のために投資を分散させたいという、遺伝的な視点から生じる対立関係を明らかにしました。

これらの他にも、彼は自己欺瞞の進化に関する説明（1976年、1982年）や、ゲノム内の異なる遺伝要素間での利害対立（2004年）に関する理論も発表しています。また、デ・ウィラードとの共同研究で、親の健康状態や社会的地位によって子の性比が偏ることを予測したトリヴァース＝ウィラード仮説（1973年）や、ハリー・ヘアと共に真社会性昆虫（特にハチ）における最適な性比の偏りを予測したトリヴァース＝ヘア仮説（1976年）を提唱しています。

トリヴァースの研究は、血縁選択説で有名なW.D.ハミルトンの貢献と共に、社会行動を進化の視点から理解する社会生物学の発展に大きな影響を与えました。特に、彼の後輩であり教え子でもあるレダ・コスミデスやジョン・トゥービーらによる進化心理学の確立と発展にも重要な示唆を与えています。彼はE.O.ウィルソンの記念碑的な著作『社会生物学』において、血縁選択や包括適応度に関する数学的な助言も提供しています。現在、彼は存命中の進化生物学者の中で最も影響力のある人物の一人と広く認められています。

経歴

ロバート・トリヴァースは、リトアニア系ユダヤ人移民の両親の間に7人兄弟姉妹の2番目として生まれました。外交官だった父ハワード・トリヴァースの仕事に伴い、幼少期をベルリン、コペンハーゲン、ワシントンD.C.など各地で過ごします。学校ではいじめを経験し、自身を守るためにボクシングを始めました。フィリップス・アカデミー在学中、14歳で微積分を独学するなど、早熟な才能を示しました。

1961年にフィリップス・アカデミーを卒業後、ハーバード大学に入学し当初は数学を専攻しますが、1年で興味を失います。世界各地で見た社会の不公正や不正義に対する強い問題意識から、弱者を支援する法律家を目指すことを決意し、歴史学を学び始めました。しかし、自国中心的な歴史の講義に失望し、心身の不調も経験して入院に至ります。この心神耗弱は、イェール法学校への進学を断念させる原因となりました。回復後、心理学や芸術の講義を聴講しますが、実証的な厳密さに欠ける現状に再び失望します。1965年、歴史学の学位を取得しました。

ハーバード大学の大学院に進学しながら、偶然、中学生向けに動物の社会を解説する教科書の執筆に携わる機会を得ます。この仕事を通じて、エルンスト・マイヤーの門下生である動物学者ウィリアム・ドルリーと出会い、初めて本格的に生物学に触れることになります。教科書執筆中の1966年、彼は群選択と個体選択を巡る論争に直面し、ウィン＝エドワーズとデイビッド・ラックの著作を比較検討した結果、個体選択説の正しさを確信します。この経験が進化生物学への強い関心を呼び起こし、正規の生物学講義を一度も受講したことがないまま、大学院での専攻を生物学へと変更しました。執筆した教科書は、進化を事実として記述したことが南部選出の議員の妨害を受けたため、結局出版には至りませんでした。

大学院ではドルリーが指導教官になれなかったため、爬虫類学者のアーネスト・ウィリアムズのもとで研究を進めました。また、霊長類学・進化生物学者のアーヴェン・デヴォアやエルンスト・マイヤーからも学びを得ています。ドルリーとデヴォアは、彼が心身の困難を抱えていた時期に支えとなりました。1967年、マイヤーを通じてW.D.ハミルトンの1964年の血縁選択説に関する論文を知り、その理解を深めます。後にデヴォアと共に動物行動の生物学的基盤に関する講義を行い、血縁選択説をアメリカの学界に導入する先駆者の一人となりました。1972年に生物学の博士号を取得。1973年から1978年までハーバード大学で助教授を務めましたが、彼とデヴォアの講義は行動の生物学的基盤に反対するグループからの抗議を受けました。ハーバード大学での終身在職権（テニュア）取得が却下されたこともあり、1978年にカリフォルニア大学サンタクルーズ校へ移籍しました。

サンタクルーズでは、ブラックパンサー党の指導者であったヒューイ・P・ニュートンと出会います。両者は深い親交を結び、ニュートンはトリヴァースの娘の一人の名付け親となりました。トリヴァース自身も1979年にブラックパンサー党に参加しています。彼らは1982年のエア・フロリダ90便墜落事故における乗務員の自己欺瞞に関する分析を共同で執筆するなど、ユニークな協力関係を築きました。

1994年からはラトガース大学で人類学および生物学の教授として研究を続けています。ここではジャマイカの子どもたちの身体の対称性と魅力の関係など、人間の行動と進化に関する研究を行っています。2005年からはハーバード大学の人類学客員教授も兼任しています。

人物と思想

トリヴァースは急進的な思想を持つことでも知られ、ブラックパンサー党への参加は象徴的です。同僚からは「最も黒人らしい白人」と評される一方、社会生物学を公然と擁護したことで反対派から人種差別主義者と批判されるなど、常に論争の中心にいました。イスラエル政府の方針に対しては辛辣な批判者であり、特定の擁護者を「ナチのような」と表現するなど、強い言葉で非難することもあります。リチャード・ドーキンスのベストセラー『利己的な遺伝子』初版の序文を執筆しましたが、第二版で削除されたことをきっかけに一時疎遠になりましたが、第三版で再び序文が掲載されています。

受賞

2007年には、「社会進化と対立、協力に関する重要な分析」が評価され、クラフォード賞（生物科学部門）を受賞しました。

私生活

私生活では二度結婚しており、いずれもジャマイカの女性でした。最初の妻ローナ・ステイプルとの間に3人の娘と1人の息子を、二番目の妻デボラ・ディクソンとの間に1人の娘をもうけていますが、いずれの結婚も後に離婚しています。

彼の理論的貢献と型破りな経歴、そして急進的な思想は、進化生物学の世界においてユニークかつ極めて影響力のある存在として、彼を際立たせています。

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