ヴァイオリン協奏曲第1番 (ショスタコーヴィチ)

ショスタコーヴィチ ヴァイオリン協奏曲第1番 イ短調 作品77

ドミートリイ・ショスタコーヴィチが1947年から1948年にかけて作曲したヴァイオリン協奏曲第1番は、その規模、内容、オーケストレーションにおいて交響曲に匹敵する傑作と評されます。ヴァイオリニストのダヴィッド・オイストラフに献呈され、彼の演奏によって初演されました。

作曲と初演の背景

1947年7月21日に作曲が開始され、1948年3月24日に完成しましたが、当時ショスタコーヴィチが用いていた前衛的な書法と、1948年2月のジダーノフ批判の影響で、発表は一時見送られました。この時期、彼はソヴィエト的なテーマの映画音楽を制作しており、大衆との結びつきを目指していました。ヴァイオリン協奏曲第1番にも、ユダヤ的な旋律やロシアの民族的要素が取り入れられていますが、社会主義リアリズムの枠に留まらず、より国際的な内容と民族的な表現の融合を追求した作品となっています。

発表は、スターリンの死後に雪解けの雰囲気が漂い始めた1955年、作曲から約7年の歳月を経て実現しました。この時期、ソヴィエトの芸術界では「創造性」や「個性」が再び注目され始めていました。初演は1955年10月29日にエフゲニー・ムラヴィンスキー指揮、レニングラード・フィルハーモニー交響楽団、独奏ヴァイオリンはダヴィッド・オイストラフによって行われました。

楽器編成

オーケストラは打楽器を増強した編成ですが、トランペットとトロンボーンは含まれていません。具体的には、独奏ヴァイオリン、フルート3（ピッコロ持ち替え）、オーボエ3（イングリッシュホルン持ち替え）、クラリネット3（バスクラリネット持ち替え）、ファゴット3（コントラファゴット持ち替え）、ホルン4、チューバ、ティンパニ、タンバリン、タムタム、シロフォン、チェレスタ、ハープ2、弦五部で構成されています。

作品の内容

古典的な協奏曲とは異なり、4楽章形式で構成されていますが、各楽章は独立した楽曲として成立しており、近代協奏曲のような一貫した構成は持っていません。第3楽章にはパッサカリアが用いられ、各楽章に「夜想曲」や「ブルレスケ」といった標題が付けられています。交響曲的な深みを持つ一方で、楽器構成はシンプルで、室内楽的な側面も持ち合わせています。演奏時間は約35分です。

第1楽章 Nocturne. Moderato

イ短調の夜想曲で、序奏部を伴う三部形式です。中間部では、12音全てが現れる独自の技法が用いられており、ショスタコーヴィチ後期のスタイルを先取りしています。協奏曲の第1楽章に夜想曲が用いられるのは珍しいですが、交響曲的な視点で見れば、ショスタコーヴィチは交響曲の第1楽章に穏やかな楽想を用いることが多いため、特異な手法とは言えません。低弦による重々しい序奏で始まり、独奏ヴァイオリンが主題を模倣します。この主題は、半音階を多用した不定形のもので、導入部全体を覆う無限旋律を形成します。主要主題は瞑想的な性格を持ち、12音技法も用いられています。ヴァイオリンがC音を長く引く中で、ハープとチェレスタがピアニッシモで奏でられる箇所は、ショスタコーヴィチの交響曲第5番を彷彿とさせます。弱音器を付けたヴァイオリンが静かに主題を奏で、イ短調で消え入るように終わります。

第2楽章 Scherzo. Allegro

変ロ短調～変ロ長調の快速なスケルツォで、独奏ヴァイオリンが主導となって次々とテーマが展開されます。冒頭の主題は、交響曲第10番第3楽章の冒頭主題と関連性が見られます。中間部には、ショスタコーヴィチ自身のイニシャルから取られたDSCH音型が登場します。木管楽器が総動員され、ユーモラスな楽想が展開されます。独奏ヴァイオリンの技巧的なパッセージが際立ち、打楽器も加わって、現代的な感覚を呼び覚まします。トリオでは行進曲調の主題が登場し、その後スケルツォが再現されます。コーダでは、トリオの主題が再び現れ、独奏ヴァイオリンの重音奏法と共に発展し、オーケストラがスケルツォの主題を力強く奏でて鮮やかに終わります。

第3楽章 Passacaglia. Andante - Cadenza (attacca)

ヘ短調のパッサカリアで、主題と8つの変奏から構成されています。構成上、この楽章にパッサカリアが置かれているのは、交響曲第8番を連想させます。第8変奏の後には、独奏ヴァイオリンの長大なカデンツァが続き、切れ目なく次の楽章へと繋がります。楽器は、フルート、ピッコロ、タム・タム、シロフォン、チェレスタ、ハープが休みとなり、重厚な雰囲気の中にも、シンプルで簡素な表現が用いられています。主題は低弦によって厳かに提示され、ホルンが対旋律を奏でます。独奏ヴァイオリンのカデンツァは、バッハの無伴奏ヴァイオリン曲を彷彿とさせ、技巧的な側面と、バロック音楽の様式を併せ持っています。カデンツァの終盤には、第2楽章の行進曲調のモチーフが現れ、全曲の統一感を図っています。カデンツァが盛り上がりを見せると、そのままアタッカで第4楽章に突入します。

第4楽章 Burlesque. Allegro con brio - Presto

イ短調～イ長調のブルレスケで、ロンド形式で構成されています。バス・クラリネット、チェレスタ、ハープは使われません。激しい独奏と伴奏が特徴で、楽器の巧みな使用が際立つ無窮動的な作品です。ティンパニの合図で前の楽章からなだれ込み、管弦楽が土俗的なロンド主題を奏でます。主題は舞曲調で、この曲の中でも最も親しみやすい旋律です。調性が目まぐるしく変わる中、独奏ヴァイオリンが主題を発展させます。中間部では、ホルンが前楽章のパッサカリア主題を演奏し、ロンド主題が変形されて再び現れます。コーダではプレストのテンポになり、一気に終結へと向かいます。

作品番号について

この曲の作品番号は作品77ですが、出版当初は作品99とされていました。これは、作曲時期と出版時期のずれが原因です。1955年の出版時には、当時出版されていた作品の続き番号である作品99として出版されました。しかし、その後作曲の経緯が明らかになり、実際の作曲年代に合わせて作品77に変更されました。作品99は、映画音楽「第一軍用列車」に改めて割り当てられました。

また、同時期に作曲され、1954年に初演された「祝典序曲」は、発表された時系列に合わせて作品96として作品目録に登録されたままです。このため、現在でも本曲を作品99と表記するケースが多く見られます。作品77と作品99の間にはオーケストレーションの異同も認められ、作品番号の取り扱いには様々な問題が含まれています。

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