ヴィンコ・グロボカール
ヴィンコ・グロボカール（Vinko Globokar、1934年7月7日 - ）は、フランスで生まれ育ったスロベニア系の作曲家、優れた即興演奏家であり、卓越したトロンボーン奏者です。彼の音楽作品は、型破りな表現方法である拡張された奏法（extended technique）を特徴的に用いることで知られ、同世代の作曲家サルヴァトーレ・シャリーノやヘルムート・ラッヘンマンと近い立脚点を持っています。しかし、彼らと異なるのは、グロボカールが自発性や創造力を特に重視し、しばしば即興演奏を作品に取り入れている点です。多くの作品を生み出していますが、彼の名が実験音楽以外の分野で広く知られているとは言えません。ただし、1970年代前半からは、社会や政治への積極的な関与を示す側面が音楽に強く現れるようになりました。
一方、トロンボーン奏者としては、1959年にパリ国立高等音楽院を首席で卒業して以来、その驚異的な技術で高い評価を得ています。循環呼吸を用いた無限に続く奏法など、多くの新しい演奏技術を開拓しました。自身の作品に加え、ルチアーノ・ベリオ、マウリシオ・カーゲル、カールハインツ・シュトックハウゼン、ルネ・レイボヴィッツ、武満徹といった著名な作曲家たちの作品初演を数多く手がけています。2022年にはドイツ音楽作家賞の生涯功労賞を受賞しています。
グロボカールはフランスのムルト＝エ＝モゼル県アンデルニーで誕生しました。幼少期をロレーヌ地方の鉱山地域にある、スロベニア系住民が多く暮らすテュクニュー村で過ごします。両親はスロベニア人で、特に父親は鉱山で働きながら村のスロベニア人合唱団で歌っていました。彼はスロベニアの民俗音楽に親しみ、スロベニア人の教師からピアノの手ほどきを受ける一方で、学校ではフランス語とフランス文化に触れました。この二つの異なる文化の間で生じた葛藤が、彼の少年時代に大きな影響を与えます。1947年、13歳の時に両親とともに当時のユーゴスラビア領であったスロベニアのジュジェンベルクへ移住。首都リュブリャナの寄宿制高校に入学しました。高校の学生寮で活動していたビッグバンドに参加し、15歳でトロンボーンを始めます。わずか17歳でリュブリャナ放送のビッグバンドにスカウトされるほど急速に腕を上げ、ジャズ・トロンボーン奏者として頭角を現しました。
1955年、奨学金を得てパリへ渡り、パリ国立高等音楽院でアンドレ・ラフォスにトロンボーンを師事しました。在学中からジャズ、クラシック、映画音楽など様々なジャンルで演奏経験を積み、幅広い音楽性を培います。卒業後、友人の紹介で作曲家ルネ・レイボヴィッツから約4年間、個人的な作曲レッスンを受けました。レイボヴィッツの自宅で開かれるサロン・コンサートには、哲学者サルトルや文化人類学者レヴィ=ストロースなど、様々な分野の著名人が招かれており、グロボカールはこうした人々との交流を通じて自身の関心を広げ、同時に前衛音楽の演奏家としてのキャリアを築いていきました。
1964年にはDAAD（ドイツ学術交流会）の奨学金を受けてベルリンに移り、作曲家ルチアーノ・ベリオのもとで作曲を学びました。ベリオからはカールハインツ・シュトックハウゼンやピエール・ブーレーズなど、当時の前衛音楽シーンについても多くを吸収します。グロボカールはベリオのトロンボーン独奏曲『セクエンツァV』の制作に協力し、1966年にその初演を行いました。
1965年から翌年にかけて、グロボカールはルーカス・フォスの招きに応じ、アメリカへ渡りました。ニューヨーク州立大学バッファロー校に作曲家兼演奏家として滞在し、この時期に大規模な作品『道』（オーケストラと合唱のための）を作曲・初演しました。これを機に、楽譜出版社ペータースと契約を結ぶことになります。
1966年にアメリカから帰国後、グロボカールはカールハインツ・シュトックハウゼンの作品『Aus den Sieben Tagen（7つの日から）』の制作に関わりました。また、ダルムシュタット夏季新音楽講習会では、オーボエ奏者のハインツ・ホリガーやピアニストのアイロス・コンタルスキーらと共に即興演奏を行っています。シュトックハウゼンの推薦により、グロボカールはケルン音楽大学にトロンボーン科のクラスを新設し、1967年から1976年までトロンボーンと作曲を教えていました。
1969年にはベルリンで、フリー・インプロヴィゼーション・グループ「ニュー・フォニック・アート（New Phonic Art）」を共同で設立しました。このグループは1982年に解散するまで、活発な演奏活動を展開しました。
1973年、グロボカールはピエール・ブーレーズの招きに応じ、パリのIRCAM（フランス国立音響音楽研究所）に参加。「楽器と言語の研究」部門の責任者を務めました。
1979年にIRCAMを離れた後は、ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、フィンランド放送交響楽団など、世界各国の主要オーケストラを指揮しました。また、1980年から2000年までの20年間、イタリアのフィレンツェにあるフィエゾーレ音楽院で20世紀音楽演奏部門の監督を務めました。現在はベルリンを拠点に活動しています。
グロボカールの音楽は、自発性、エネルギー、そして型破りな演奏技術の革新的な使用によって特徴づけられます。彼の作品は、ジャズやフリー・インプロヴィゼーションという自身の背景を反映し、偶然性や即興の要素を含んでいます。その音色のパレットは極めて多様であり、作品は拡張された奏法を用いた驚くべき表現の連続と言えます。例えば、ソロ・パーカッションのための作品『Toucher』では、奏者は並べられた打楽器で特定の音節パターンを叩きながら、同時に物語を語るという手法が用いられています。
彼の音楽世界は、ヘルムート・ラッヘンマン、サルヴァトーレ・シャリーノ、アーサー・カンペラといった同時代の作曲家、さらにはサクソフォン奏者のアンソニー・ブラクストンの近年の作品にも影響を与えている可能性があります。
舞台作品：
移民-三連画 (Les émigrés, triptique) (1982-1986)
管弦楽曲：
道 (Voie) (1965-1966)
労働 (Labour) (1992)
人質 (Les otages) (2003)
声楽付合奏曲：
変わらない一日 (Un jour comme un autre) (1975)
室内楽曲：
ディスクール I (Discours I) (1967)
それでも地球は廻っている (Eppure si muove) (2003)
独奏曲：
エシャンジュ (Échanges) (1973)
レス・アス・エクス・アンス・ピレ (Res/as/ex/ins-pirer) (1973)
グロボカールは日本でも重要な演奏活動を行っています。
1986年：サントリーホールの開館オープニング・シリーズにて、武満徹作曲『ジェモー（ふたご座）』の世界初演にトロンボーン独奏者として参加。
2004年：サントリーホール国際作曲委嘱シリーズのテーマ作曲家として招聘され、自身の作品の指揮、室内楽作品の演奏、作曲家トークなどを行った。ルネ・レイボヴィッツやラリッサ・ヴルハンクの作品も紹介した。
これらの活動を通じて、ヴィンコ・グロボカールは現代音楽における作曲と演奏の境界を探求し、革新的な表現を追求し続けています。
一方、トロンボーン奏者としては、1959年にパリ国立高等音楽院を首席で卒業して以来、その驚異的な技術で高い評価を得ています。循環呼吸を用いた無限に続く奏法など、多くの新しい演奏技術を開拓しました。自身の作品に加え、ルチアーノ・ベリオ、マウリシオ・カーゲル、カールハインツ・シュトックハウゼン、ルネ・レイボヴィッツ、武満徹といった著名な作曲家たちの作品初演を数多く手がけています。2022年にはドイツ音楽作家賞の生涯功労賞を受賞しています。
経歴
グロボカールはフランスのムルト＝エ＝モゼル県アンデルニーで誕生しました。幼少期をロレーヌ地方の鉱山地域にある、スロベニア系住民が多く暮らすテュクニュー村で過ごします。両親はスロベニア人で、特に父親は鉱山で働きながら村のスロベニア人合唱団で歌っていました。彼はスロベニアの民俗音楽に親しみ、スロベニア人の教師からピアノの手ほどきを受ける一方で、学校ではフランス語とフランス文化に触れました。この二つの異なる文化の間で生じた葛藤が、彼の少年時代に大きな影響を与えます。1947年、13歳の時に両親とともに当時のユーゴスラビア領であったスロベニアのジュジェンベルクへ移住。首都リュブリャナの寄宿制高校に入学しました。高校の学生寮で活動していたビッグバンドに参加し、15歳でトロンボーンを始めます。わずか17歳でリュブリャナ放送のビッグバンドにスカウトされるほど急速に腕を上げ、ジャズ・トロンボーン奏者として頭角を現しました。
1955年、奨学金を得てパリへ渡り、パリ国立高等音楽院でアンドレ・ラフォスにトロンボーンを師事しました。在学中からジャズ、クラシック、映画音楽など様々なジャンルで演奏経験を積み、幅広い音楽性を培います。卒業後、友人の紹介で作曲家ルネ・レイボヴィッツから約4年間、個人的な作曲レッスンを受けました。レイボヴィッツの自宅で開かれるサロン・コンサートには、哲学者サルトルや文化人類学者レヴィ=ストロースなど、様々な分野の著名人が招かれており、グロボカールはこうした人々との交流を通じて自身の関心を広げ、同時に前衛音楽の演奏家としてのキャリアを築いていきました。
1964年にはDAAD（ドイツ学術交流会）の奨学金を受けてベルリンに移り、作曲家ルチアーノ・ベリオのもとで作曲を学びました。ベリオからはカールハインツ・シュトックハウゼンやピエール・ブーレーズなど、当時の前衛音楽シーンについても多くを吸収します。グロボカールはベリオのトロンボーン独奏曲『セクエンツァV』の制作に協力し、1966年にその初演を行いました。
1965年から翌年にかけて、グロボカールはルーカス・フォスの招きに応じ、アメリカへ渡りました。ニューヨーク州立大学バッファロー校に作曲家兼演奏家として滞在し、この時期に大規模な作品『道』（オーケストラと合唱のための）を作曲・初演しました。これを機に、楽譜出版社ペータースと契約を結ぶことになります。
1966年にアメリカから帰国後、グロボカールはカールハインツ・シュトックハウゼンの作品『Aus den Sieben Tagen（7つの日から）』の制作に関わりました。また、ダルムシュタット夏季新音楽講習会では、オーボエ奏者のハインツ・ホリガーやピアニストのアイロス・コンタルスキーらと共に即興演奏を行っています。シュトックハウゼンの推薦により、グロボカールはケルン音楽大学にトロンボーン科のクラスを新設し、1967年から1976年までトロンボーンと作曲を教えていました。
1969年にはベルリンで、フリー・インプロヴィゼーション・グループ「ニュー・フォニック・アート（New Phonic Art）」を共同で設立しました。このグループは1982年に解散するまで、活発な演奏活動を展開しました。
1973年、グロボカールはピエール・ブーレーズの招きに応じ、パリのIRCAM（フランス国立音響音楽研究所）に参加。「楽器と言語の研究」部門の責任者を務めました。
1979年にIRCAMを離れた後は、ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、フィンランド放送交響楽団など、世界各国の主要オーケストラを指揮しました。また、1980年から2000年までの20年間、イタリアのフィレンツェにあるフィエゾーレ音楽院で20世紀音楽演奏部門の監督を務めました。現在はベルリンを拠点に活動しています。
音楽スタイル
グロボカールの音楽は、自発性、エネルギー、そして型破りな演奏技術の革新的な使用によって特徴づけられます。彼の作品は、ジャズやフリー・インプロヴィゼーションという自身の背景を反映し、偶然性や即興の要素を含んでいます。その音色のパレットは極めて多様であり、作品は拡張された奏法を用いた驚くべき表現の連続と言えます。例えば、ソロ・パーカッションのための作品『Toucher』では、奏者は並べられた打楽器で特定の音節パターンを叩きながら、同時に物語を語るという手法が用いられています。
彼の音楽世界は、ヘルムート・ラッヘンマン、サルヴァトーレ・シャリーノ、アーサー・カンペラといった同時代の作曲家、さらにはサクソフォン奏者のアンソニー・ブラクストンの近年の作品にも影響を与えている可能性があります。
主な作品（抜粋）
舞台作品：
移民-三連画 (Les émigrés, triptique) (1982-1986)
管弦楽曲：
道 (Voie) (1965-1966)
労働 (Labour) (1992)
人質 (Les otages) (2003)
声楽付合奏曲：
変わらない一日 (Un jour comme un autre) (1975)
室内楽曲：
ディスクール I (Discours I) (1967)
それでも地球は廻っている (Eppure si muove) (2003)
独奏曲：
エシャンジュ (Échanges) (1973)
レス・アス・エクス・アンス・ピレ (Res/as/ex/ins-pirer) (1973)
来日公演
グロボカールは日本でも重要な演奏活動を行っています。
1986年：サントリーホールの開館オープニング・シリーズにて、武満徹作曲『ジェモー（ふたご座）』の世界初演にトロンボーン独奏者として参加。
2004年：サントリーホール国際作曲委嘱シリーズのテーマ作曲家として招聘され、自身の作品の指揮、室内楽作品の演奏、作曲家トークなどを行った。ルネ・レイボヴィッツやラリッサ・ヴルハンクの作品も紹介した。
これらの活動を通じて、ヴィンコ・グロボカールは現代音楽における作曲と演奏の境界を探求し、革新的な表現を追求し続けています。
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