フリー・インプロヴィゼーション

フリー・インプロヴィゼーションとは

フリー・インプロヴィゼーション、またはフリー・ミュージックは、音楽における即興演奏の一形態であり、従来の音楽理論やルールにとらわれず、演奏者の直感や相互作用に大きく依存します。このスタイルは、特定のジャンルに限定されることなく、あらゆるミュージシャンが用いるテクニックであり、同時に実験音楽における一つのジャンルとして認識されています。

フリー・インプロヴィゼーションは、1960年代半ばから後半にかけて、フリー・ジャズや現代音楽の発展とともに、主にイギリス、アメリカ、ヨーロッパで生まれました。代表的な演奏家には、サックス奏者のエヴァン・パーカー、アンソニー・ブラクストン、ペーター・ブロッツマン、ジョン・ゾーン、作曲家のポーリン・オリヴェロス、ドラマーのクリスチャン・リリンガー、トロンボーン奏者のジョージ・E・ルイス、ギタリストのデレク・ベイリー、ヘンリー・カイザー、フレッド・フリスなどが挙げられます。

フリー・インプロヴィゼーションの特徴

音楽理論の観点から見ると、フリー・インプロヴィゼーションは、和声や楽曲構造に重点を置くのではなく、音色、テクスチャ、音の間隔、リズム、そして演奏者間の自発的な相互作用を重視します。これにより、抽象的で説明が難しい音楽的特性が生まれます。演奏者は特定のスタイルやキー、テンポを選ぶことがありますが、楽曲構造のような慣習はほとんど用いられません。メロディー、ハーモニー、リズムなどの既存の形式よりも、音楽の雰囲気や演奏者のジェスチャーに焦点が当てられます。これらの要素は演奏の進行に合わせて即興的に作られ、演奏者同士が互いの演奏要素に直感的に反応し合うことが特徴です。

イギリスのギタリスト、デレク・ベイリーはフリー・インプロヴィゼーションを「記憶なしに演奏すること」と表現しました。彼の著書『Improvisation』では、「フリー・インプロヴィゼーションは、文体的または慣用的な制約がなく、規定された音楽的特徴を持たない。この音楽の特徴は、演奏者の音楽的アイデンティティによってのみ確立される」と述べています。

フリー・インプロヴィゼーションの演奏者は、しばしば他のジャンルとも関わっています。例えば、イタリアの作曲家エンニオ・モリコーネはフリー・インプロヴィゼーション・グループのメンバーでした。また、アンソニー・ブラクストンはオペラを、ジョン・ゾーンはオーケストラ作品を書いています。現代音楽の特殊奏法、ノイズロック、IDM、ミニマ[[リズム]]、エレクトロアコースティック音楽など、他の分野の影響も受けており、それらがフリー・インプロヴィゼーションの中で見られることがあります。

歴史

フリー・インプロヴィゼーションは、明確な起源を特定するのが難しい音楽スタイルです。その発生には、偶然性を取り入れた音楽やフリー・ジャズの影響が大きいです。ジョセフ・ホルブルックというイギリスのトリオ（デレク・ベイリー、トニー・オクスレイ、ギャヴィン・ブライアーズ）は、初期の重要なアーティストとして知られています。デレク・ベイリーは「人類最初の音楽はフリー・インプロヴィゼーションだったはずだ」と主張しています。また、キース・ロウは「1500年代のリュート奏者が酔って即興演奏をしていたかもしれない」と述べており、初期のミュージシャンも自由な演奏を行っていた可能性を示唆しています。

クラシック音楽における先例

20世紀中頃には、ヘンリー・カウエル、アール・ブラウン、デイヴィッド・チューダー、ラ・モンテ・ヤング、ジャクソン・マック・ロウ、モートン・フェルドマン、シルヴァーノ・ブッソッティ、カールハインツ・シュトックハウゼン、ジョージ・クラムなどの作曲家たちが、西洋の芸術音楽に即興演奏の要素を再導入しました。彼らは、演奏者に即興演奏を許可または要求する楽曲を制作しました。その代表例として、コーネリアス・カーデューの『Treatise』があります。

また、教会音楽のオルガニストの間でも即興演奏は一般的であり、フリー・インプロヴィゼーションを含む即興演奏は、教会音楽家のための高等教育プログラムの一部となっています。オリヴィエ・ラトリーやジャン・ギユーなどの現代のオルガニストが知られており、フレデリック・メーグルのアルバム『Like a Flame』のように、オルガンのフリー・インプロヴィゼーションが録音・リリースされることもあります。

ジャズにおける先例

即興演奏はジャズの初期から中心的な要素でしたが、1950年代までは、その即興演奏はジャズの慣用句の範囲内で行われていました。初期のフリーな録音としては、レニー・トリスターノが1949年に録音した「Intuition」と「Digression」が挙げられます。1954年にはシェリー・マンが「Abstract No. 1」という自由に即興演奏された楽曲を録音しています。また、ジャンゴ・ラインハルトの録音された即興演奏の中には、既存のコード進行から大きく逸脱しているものがあります。

1950年代後半から1960年代前半のフリー・ジャズ運動は、セシル・テイラー、サン・ラ、オーネット・コールマン、ジョン・コルトレーンといった重要な人物を中心に展開しました。フリー・ジャズでは、伝統的な楽曲構造を無視した急進的な即興演奏が可能になりました。その音楽は、従来のジャズの要素を保持しながらも、その枠から大きく逸脱することがありました。1962年のジミー・ジュフリーのトリオによる『Free Fall』は、即興演奏が中心で、既存のジャズスタイルとの類似性がほとんど見られない作品です。

サックス奏者のアルバート・アイラーが、1964年の映画『ニューヨーク・アイ・アンド・イヤー・コントロール』のサウンドトラックのために、曲のテーマなしで演奏したことも重要な例です。スポンティニアス・ミュージック・アンサンブルは1960年代半ばにジョン・スティーヴンスとトレヴァー・ワッツによって結成され、デレク・ベイリー、エヴァン・パーカーなどの影響力のある演奏家たちが参加しました。また、シカゴを拠点とするAACMは、ムハル・リチャード・エイブラムス、ヘンリー・スレッギル、アンソニー・ブラクストンなど、多くの即興音楽家による緩やかな集団であり、フリー・インプロヴィゼーションの国際的なシーンで重要な役割を果たしました。

国際的な広がり

1960年代後半から1970年代にかけて、フリー・インプロヴィゼーションはアメリカ、ヨーロッパ、東アジアに広がり、フルクサス、ハプニング、パフォーマンスアート、ロックなどと関連を持つようになりました。1970年代半ばまでには、世界的な現象として認識されるようになりました。デレク・ベイリーは、毎年恒例の即興音楽フェスティバル「カンパニー・ウィーク」を1976年に開始しました。

ニュージーランドのグループであるビタミンSは、2002年以来、ランダムに選ばれたトリオによる即興演奏を毎週開催しており、音楽以外にも、ダンス、演劇、人形劇などの即興パフォーマンスを取り入れています。国際即興音楽協会（ISIM）は、2006年に設立され、ポーリン・オリヴェロス、オリヴァー・レイク、トーマス・バックナーなど、世界中の約300人の演奏家や研究者が参加し、即興音楽を支援しています。

2007年に設立されたノイズ・アップステアーズは、即興音楽の機関として、定期的なコンサートやワークショップを開催し、国内外のアーティストを支援しています。また、毎月開催されるジャムセッションでは、誰でも参加でき、ランダムに選ばれたトリオが自由に即興演奏を行っています。

2013年には、クリス・T・リーダーによって結成された「1984アンサンブル」のようなグループが、コンピューターを使用してフリー・インプロヴィゼーションの可能性を拡大しています。

ニューヨーク・ダウンタウン・シーン

1970年代後半、ニューヨークにはロック、ジャズ、現代音楽、ワールドミュージック、ポップス、そしてフリー・インプロヴィゼーションに興味を持つミュージシャンが集まりました。彼らは、ダウンタウンにあるロフト、アパート、地下室などの場所で演奏し、ジョン・ゾーン、ビル・ラズウェル、ジョージ・E・ルイス、フレッド・フリスなど、多くの著名な演奏家が活動しました。彼らはヨーロッパの即興演奏家とも協力し、独自のスタイルを確立しました。

ジョン・ゾーンが運営する「ザ・ストーン」では、デレク・ベイリーの「カンパニー・ウィーク」の伝統を継ぐ形で、毎月インプロ・ナイトが開催され、様々なジャンルのミュージシャンが即興演奏を披露しています。

電子音楽におけるフリー・インプロヴィゼーション

1960年代後半には、ベルリンのゾディアック・クラブなどで、電子機器を用いたフリー・インプロヴィゼーションが行われるようになりました。1975年のマイルス・デイヴィスのアルバム『アガルタ』では、フリー・インプロヴィゼーションと電子音楽が取り入れられました。しかし、電子機器のみを用いたフリー・インプロヴィゼーションが主流になったのは、その後です。

1984年には、スイスのデュオであるボイス・クラックが「壊れた家電」を用いた演奏を始めました。現在では、サーキットベンディング、ノイズミュージック、DIYカルチャー、ターンテーブリズムを利用したエレクトロニック・フリー・インプロヴィゼーションが、大友良英、ヘンメリグ・テンポ、ギュンター・ミュラー、ポワールzなどのアーティストによって行われています。

エレクトロアコースティック・インプロヴィゼーション

近年では、静かでゆっくりとしたミニマルなテクスチャを特徴とする、ラップトップや電子機器を用いた即興演奏が増えています。このスタイルは、ローアーケース・ミュージックまたはEAI（エレクトロアコースティック・インプロヴィゼーション）と呼ばれ、Erstwhile RecordsやMegoといったレーベルによって広められました。EAIは既存のフリー・インプロヴィゼーションとは大きく異なることがあり、そのサウンドを説明するための新しい言葉や方法が必要とされています。

ラジオにおけるフリー・インプロヴィゼーション

ロンドンのResonance 104.4FMは、実験的な即興演奏作品を頻繁に放送しています。WNUR 89.3 FMも、フリー・インプロヴィゼーションを提供するラジオ局の一つです。タランのフリージャズ・アワーは、フリージャズやその他のフリー・インプロヴィゼーションに特化しており、フランスのラジオ番組「A l'improviste」では、アン・モンタロンによるフリー・ミュージックが毎週放送されています。ボストンのWZBCは、実験的な番組の中でフリー・インプロヴィゼーションを多数放送しています。

まとめ

フリー・インプロヴィゼーションは、既存の音楽ルールや構造にとらわれず、演奏者の直感や相互作用を重視する即興演奏の一形態です。この音楽は、ジャズや現代音楽を起点として発展し、世界中に広まりました。そのスタイルは多様であり、伝統的な楽器から電子機器、身近なオブジェクトまで、様々な要素を取り入れています。また、他の芸術分野とも関連を持ちながら、常に進化を続けている、実験的で創造的な音楽ジャンルといえるでしょう。

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