一本刀土俵入り

一本刀土俵入

長谷川伸による戯曲「一本刀土俵入」は、彼の作品の中でも特に多く上演されている人気作です。歌舞伎、新国劇、大衆演劇といった舞台芸術から、映画、テレビドラマと映像作品まで幅広く展開され、浪曲や歌謡曲の題材としても親しまれています。

概要

1931年（昭和6年）に「中央公論」で発表されたこの物語は、破門された取的の駒形茂兵衛と、酌婦のお蔦の出会いから始まります。困窮していた茂兵衛は、お蔦から金銭的な援助を受けます。それから10年後、博徒として名を馳せた茂兵衛は、お蔦が窮地に陥っていることを知り、彼女を救うために再び姿を現します。この物語は、茂兵衛がお蔦の恩に報いるという、人情に溢れたストーリーです。

初演は1931年7月、東京劇場にて六代目尾上菊五郎と五代目中村福助によって行われました。「瞼の母」「沓掛時次郎」と並び、長谷川伸の股旅物作品を代表する一作として知られています。特に、幕切れ前の茂兵衛の台詞「しがねえ姿の、横綱の土俵入りでござんす」は、この作品を象徴する名台詞として広く知られています。

あらすじ

物語の舞台は、水戸街道の宿場町である取手宿。茶屋旅籠・我孫子屋の二階で、酌婦のお蔦が酔いを冷ましています。そこへ、やくざの弥八が乱暴を働き、人々を困らせています。そこに、空腹で力尽きかけていた取的の茂兵衛が通りかかり、弥八に絡まれてしまいます。お蔦は激怒し、弥八に水を浴びせかけます。弥八はお蔦が親分の気に入りであることを知っており、その腹いせに茂兵衛を突き飛ばしますが、茂兵衛の頭突きを食らい逃げ出します。

茂兵衛の身の上に興味を持ったお蔦は、彼に話を聞きます。茂兵衛は上州勢多郡駒形村の出身で、家は焼け、母親も亡くし天涯孤独の身でした。彼は立派な横綱になって、母親の墓前で土俵入りをすることを夢見ていましたが、相撲部屋を破門され、無一文で江戸へ向かう途中でした。お蔦は、茂兵衛の純粋な心に心を打たれ、故郷の母親を想い「小原節」を口ずさみます。そして、茂兵衛に自分の財布と櫛、簪を与え、励まします。茂兵衛は、この親切を生涯忘れないと誓い、その場を後にします。

お蔦のおかげで食事にありつけた茂兵衛ですが、渡り船に乗り遅れてしまいます。そこへ、弥八とその仲間たちが現れ、茂兵衛を襲います。お蔦の悪口を言われた茂兵衛は怒り、弥八を打ちのめします。

十年後、渡世人となった茂兵衛は、お蔦を探して布施の七里ヶ渡へやって来ます。しかし、お蔦の夫である船印堀師の辰三郎と間違われ、ヤクザに襲撃されます。実は、お蔦は現在、飴売りをして娘のお君と暮らしていました。そこへ、辰三郎を探しているヤクザたちが現れ、お蔦は夫がまだ生きていること、そして追われていることを知ります。夜になり、辰三郎が帰宅し、家族は再会を喜びますが、辰三郎は賭博に手を染めたことを悔やみます。

お君が歌う「小原節」に導かれるように茂兵衛が現れ、十年前の恩返しとしてお金を渡します。お蔦は茂兵衛のことを覚えていませんでしたが、茂兵衛は一家を追手から守るためにヤクザたちを打ちのめします。お蔦はそこで初めて、茂兵衛のことを思い出します。茂兵衛は、お蔦に早く逃げるように促し、一人残った茂兵衛は、果たせなかった横綱の土俵入りをお蔦に捧げるのでした。

映画化

「一本刀土俵入」は、数多くの映画作品としても映像化されています。

1931年：片岡千恵蔵主演、稲垣浩監督
1934年：林長二郎主演、衣笠貞之助監督
1936年：藤井貢主演、重宗務監督
1954年：片岡千恵蔵主演、佐々木康監督
1957年：加東大介主演、マキノ雅弘監督
1960年：長谷川一夫主演、安田公義監督

テレビドラマ化

テレビドラマとしても、様々な形で映像化されています。

1960年：『新国劇アワー』島田正吾主演
1969年：『日曜劇場』17代目中村勘三郎主演、平岩弓枝脚本
1972年：『長谷川伸シリーズ』勝新太郎主演

漫画化

2012年：『劇画・長谷川伸シリーズ』小林まこと画

歌謡曲

「一本刀土俵入」は、多くの歌手によって歌われています。

三波春夫
二葉百合子
三橋美智也
島津亜矢
* 村田英雄

これらの歌は、作品の情景や登場人物の心情を豊かに表現し、物語の感動をさらに深めています。

「一本刀土俵入」は、長谷川伸の代表作として、今もなお多くの人々に愛され続けています。その普遍的なテーマである「義理と人情」は、時代を超えて人々の心を捉え、様々な形で語り継がれていくことでしょう。

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