七つの呪い
『七つの呪い』（原題：The Seven Geases）は、アメリカ合衆国の作家クラーク・アシュトン・スミスによって1934年に発表された短編ホラー小説です。アイルランド語（ケルト語）で「禁忌」「呪い」などを意味する「Geash（ゲッシュ）」をタイトルに冠した本作は、『ウィアード・テイルズ』誌の1934年10月号に掲載され、スミス独自のクトゥルフ神話世界、特に太古の超大陸ヒューペルボリアを舞台とした作品群の一つとして知られています。
作品は古代神話の雰囲気を持ちながら、強烈なブラックユーモアと寓話的な要素を含んでいます。スミス独特の豊かで詳細な筆致により、ヒューペルボリアの地理やそこに生息する奇妙な生物相が生き生きと描かれており、この架空世界の重要な情報源ともなっています。
物語は、コモリオムの行政長官ラリバール・ヴーズ卿が、蛮族ヴーアミの狩りの最中に妖術師エズダゴルの儀式を偶然にも踏み荒らしてしまう場面から始まります。自らの秘儀を台無しにされた老妖術師は激怒し、ヴーズに第一の呪いをかけ、彼を邪神ツァトゥグァへの生贄と定めます。妖術師の使い魔である怪鳥ラフトンティスに導かれたヴーズは、ヴーアミタドレス山の地下深くへと追いやられていきます。
しかし、強力な呪いによって操られ、おぞましき怠惰なる神ツァトゥグァの御前へと辿り着いたものの、ツァトゥグァはあいにく満腹であったためにヴーズを受け入れようとしません。それどころか、ツァトゥグァはヴーズに新たな呪いをかけ、彼を今度は蜘蛛神アトラク＝ナクアへの貢物として突き出します。続くアトラク＝ナクアもまた、谷に蜘蛛糸の橋を架ける作業を理由にヴーズを退け、さらに次の存在へと呪いを加えて送ります。こうしてヴーズは、人類以前の種族の妖術師ハオン＝ドル、人類種族のサンプルを求めない蛇人間、そしてヒューペルボリア人を子孫と認めない人類の始祖種アルケタイプといった、異様な存在たちの間を次々と「たらい回し」にされていくのです。
自身の価値をことごとく否定され続けたヴーズは、ついに最古の不浄の源であるアブホースの許へ送り込まれます。しかしアブホースでさえ、ヴーズを自らの分裂体ではないと気づき、未知の存在を食べて腹を壊したくないという「人間的」な理由から彼を拒絶します。そして、第七にして最後の呪いとして、ヴーズに荒廃した「外世界」（彼が元々いた地上世界）を目指すことを命じます。この第七の呪いが成就すれば、ヴーズは地上に帰還できるはずでした。
七つの呪いを背負ったヴーズの後ろには、アブホースから分裂した幼体が涎を垂らしながら追従します。ヴーズがアトラク＝ナクアが架けた深淵の蜘蛛糸橋にさしかかり、前方を渡る鈍重な生物（おぞましいナマケモノ）が通り過ぎるのを待っていると、後ろからはアブホースの幼体が急速に巨大化しつつ迫ってきます。進退窮まったヴーズは橋を渡り始めますが、足元の蜘蛛糸は彼の体重に耐えきれず破れ、彼は底なしの深淵へと真っ逆さまに落下します。これが、七つの呪いを巡るヴーズの旅の、あまりにも不条理な結末でした。
本作は、H.P.ラヴクラフトが追求した意思疎通不能な宇宙的恐怖とは異なるアプローチを取りながらも、後のクトゥルフ神話大系において重要な位置を占めることになります。特に、登場する神々や怪生物が、良くも悪くも人間に近い思考や感情（満腹だから生贄を断る、面倒だから他所に送る、食べ慣れないものは避けるなど）で行動するという点は、スミス作品の顕著な特徴です。フランシス・レイニーが作成した初期のクトゥルフ神話用語辞典において、本作を含むスミス作品に登場する神々がラヴクラフトの神話体系に組み込まれる形で紹介され、オーガスト・ダーレスによって事実上の公式設定とされたことが、スミスの創造した神々（特にツァトゥグァ以外の存在）の知名度向上に繋がりました。
ハオン＝ドルについては、スミス自身が彼を主人公とする別作品『ハオン＝ドルの館』を構想していましたが、実現しませんでした。しかし、そのアイデアは後世の作家に影響を与え、リン・カーターは『七つの呪い』をリメイクしつつハオン＝ドルを主役に据えた『深淵への降下』を執筆しています。
本作が、19世紀にヘレナ・P・ブラヴァツキーが提唱した神智学における「7つの根源人種」や古代文明の存在といった思想に着想を得ている可能性も指摘されています。日本のクトゥルフ神話研究家や翻訳家たちからも評価が高く、大瀧啓裕氏はスミス作品における神々の「単なる登場人物」としての描かれ方や、正確な描写を目指す文体を、東雅夫氏は「奇想博物誌」のような趣とグロテスクなユーモアを、安田均氏はクトゥルフの旧支配者の登場とケルト語由来のタイトル（ギアス）に注目し、朱鷺田祐介氏は本作をクトゥルフ神話に「世界を広げた」記念碑的作品、あるいはヒューペルボレア版「地獄篇」として高く評価しています。
作品は古代神話の雰囲気を持ちながら、強烈なブラックユーモアと寓話的な要素を含んでいます。スミス独特の豊かで詳細な筆致により、ヒューペルボリアの地理やそこに生息する奇妙な生物相が生き生きと描かれており、この架空世界の重要な情報源ともなっています。
物語は、コモリオムの行政長官ラリバール・ヴーズ卿が、蛮族ヴーアミの狩りの最中に妖術師エズダゴルの儀式を偶然にも踏み荒らしてしまう場面から始まります。自らの秘儀を台無しにされた老妖術師は激怒し、ヴーズに第一の呪いをかけ、彼を邪神ツァトゥグァへの生贄と定めます。妖術師の使い魔である怪鳥ラフトンティスに導かれたヴーズは、ヴーアミタドレス山の地下深くへと追いやられていきます。
しかし、強力な呪いによって操られ、おぞましき怠惰なる神ツァトゥグァの御前へと辿り着いたものの、ツァトゥグァはあいにく満腹であったためにヴーズを受け入れようとしません。それどころか、ツァトゥグァはヴーズに新たな呪いをかけ、彼を今度は蜘蛛神アトラク＝ナクアへの貢物として突き出します。続くアトラク＝ナクアもまた、谷に蜘蛛糸の橋を架ける作業を理由にヴーズを退け、さらに次の存在へと呪いを加えて送ります。こうしてヴーズは、人類以前の種族の妖術師ハオン＝ドル、人類種族のサンプルを求めない蛇人間、そしてヒューペルボリア人を子孫と認めない人類の始祖種アルケタイプといった、異様な存在たちの間を次々と「たらい回し」にされていくのです。
自身の価値をことごとく否定され続けたヴーズは、ついに最古の不浄の源であるアブホースの許へ送り込まれます。しかしアブホースでさえ、ヴーズを自らの分裂体ではないと気づき、未知の存在を食べて腹を壊したくないという「人間的」な理由から彼を拒絶します。そして、第七にして最後の呪いとして、ヴーズに荒廃した「外世界」（彼が元々いた地上世界）を目指すことを命じます。この第七の呪いが成就すれば、ヴーズは地上に帰還できるはずでした。
七つの呪いを背負ったヴーズの後ろには、アブホースから分裂した幼体が涎を垂らしながら追従します。ヴーズがアトラク＝ナクアが架けた深淵の蜘蛛糸橋にさしかかり、前方を渡る鈍重な生物（おぞましいナマケモノ）が通り過ぎるのを待っていると、後ろからはアブホースの幼体が急速に巨大化しつつ迫ってきます。進退窮まったヴーズは橋を渡り始めますが、足元の蜘蛛糸は彼の体重に耐えきれず破れ、彼は底なしの深淵へと真っ逆さまに落下します。これが、七つの呪いを巡るヴーズの旅の、あまりにも不条理な結末でした。
本作は、H.P.ラヴクラフトが追求した意思疎通不能な宇宙的恐怖とは異なるアプローチを取りながらも、後のクトゥルフ神話大系において重要な位置を占めることになります。特に、登場する神々や怪生物が、良くも悪くも人間に近い思考や感情（満腹だから生贄を断る、面倒だから他所に送る、食べ慣れないものは避けるなど）で行動するという点は、スミス作品の顕著な特徴です。フランシス・レイニーが作成した初期のクトゥルフ神話用語辞典において、本作を含むスミス作品に登場する神々がラヴクラフトの神話体系に組み込まれる形で紹介され、オーガスト・ダーレスによって事実上の公式設定とされたことが、スミスの創造した神々（特にツァトゥグァ以外の存在）の知名度向上に繋がりました。
ハオン＝ドルについては、スミス自身が彼を主人公とする別作品『ハオン＝ドルの館』を構想していましたが、実現しませんでした。しかし、そのアイデアは後世の作家に影響を与え、リン・カーターは『七つの呪い』をリメイクしつつハオン＝ドルを主役に据えた『深淵への降下』を執筆しています。
本作が、19世紀にヘレナ・P・ブラヴァツキーが提唱した神智学における「7つの根源人種」や古代文明の存在といった思想に着想を得ている可能性も指摘されています。日本のクトゥルフ神話研究家や翻訳家たちからも評価が高く、大瀧啓裕氏はスミス作品における神々の「単なる登場人物」としての描かれ方や、正確な描写を目指す文体を、東雅夫氏は「奇想博物誌」のような趣とグロテスクなユーモアを、安田均氏はクトゥルフの旧支配者の登場とケルト語由来のタイトル（ギアス）に注目し、朱鷺田祐介氏は本作をクトゥルフ神話に「世界を広げた」記念碑的作品、あるいはヒューペルボレア版「地獄篇」として高く評価しています。
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