中村武羅夫

中村 武羅夫（なかむら むらお）は、明治から昭和にかけて活動した日本の重要な文人です。編集者、小説家、評論家として多岐にわたる顔を持ち、1886年（明治19年）10月4日に生まれ、1949年（昭和24年）5月13日にその生涯を終えました。

北海道岩見沢村に、鳥取県から移住した開拓移民で旧士族の家系に生まれ育ちました。岩見沢村立東小学校、岩見沢尋常高等小学校を卒業後、さらなる勉学を望みましたが、家業のリンゴ園が立ち行かなくなったため、進学の道を断念せざるを得ませんでした。その後、小学校で代用教員として教壇に立ちます。文学への情熱を抱き続け、博文館が発行していた雑誌『文章世界』の懸賞小説で次点佳作に入選したことが、作家を目指すきっかけとなり、1907年に上京を果たします。

上京後、大町桂月や徳田秋声といった当時の文壇の重鎮たちと交流を深め、彼らの紹介によって小栗風葉の門下に入ります。さらに真山青果の推薦を得て新潮社に入社し、『新潮』の記者となりました。明治末期から大正時代にかけては、『新潮』の編集者として中心的な役割を担い、その編集手腕は高く評価されました。同時期に『中央公論』を率いていた滝田樗陰と並び称され、大正期を代表する名編集者として文壇に大きな影響力を持った人物です。

大正後期には、プロレタリア文学が勃興し、ジャーナリズム界では『文藝春秋』が勢いを増す中で、これらに対抗する動きとして、新潮社から文芸雑誌『不同調』を1925年に創刊します。この雑誌には、岡田三郎、尾崎士郎、今東光、間宮茂輔など、さまざまな立場の作家たちが集いました。しかし、『不同調』は1929年に休刊となり、これに代わって新たに創刊された『近代生活』が新興芸術派の重要な活動拠点となりました。評論家としては、1928年6月に『新潮』に発表した評論「誰だ? 花園を荒らす者は!」が特に知られています。この評論は、当時大きな影響力を持っていたマルクス主義文芸派を正面から批判し、純粋な「芸術派」の結束を強く呼びかけたものとして、論争を巻き起こしました。

小説家としても活動し、特に大正末期以降は、都会の風俗や人間模様を描いた通俗小説を数多く執筆しました。主に婦女子を読者層とした作品が多く、当時の流行作家であった加藤武雄、三上於菟吉とともに「三羽烏」と呼ばれ、『長編三人全集』を刊行するなど人気を博しました。しかし、後世における小説家としての作品評価は、編集者や評論家としての業績に比べて一般的には低い傾向にあります。今日では、優れた編集者・評論家としての側面で広く知られています。

私生活では、1929年に神奈川県藤沢市の鵠沼から辻堂へ移り住んでいます。昭和10年代後半、戦時色が強まるにつれて、中村も時局に合わせた活動を展開しました。1938年には海軍嘱託として、他の作家や映画監督らと共に中国大陸へ従軍しています。また、1941年8月には大政翼賛会主催の特別修練会に参加するなど、戦時体制への協力を積極的に行いました。特に、日本文学報国会の設立においては中心的な役割を担い、文学界の戦時体制への編成に深く関与しました。

終戦後、戦争協力者としての立場から活動の場を失い、新潮社を辞しました。失意のうちにあった1949年5月13日、辻堂の自宅で執筆中に脳溢血を発症し、急逝しました。享年62歳。戒名は高勝院秀文武羅夫大居士とされています。

生前は、その名前を音読みした「ブラフ」にちなみ、「ぶらふ」というあだ名で親しまれることもありました。没後、伊藤整や川端康成といった文壇の友人たちが中心となり、その功績を称える文学碑の建立運動が進められました。その結果、晩年を過ごした神奈川県藤沢市辻堂の自宅跡地に整備された勘久公園と、生まれ故郷である北海道岩見沢市に文学碑が建てられています。

主な著書としては以下のものが挙げられます。

• - 『現代文士廿八人』（1909年）
• - 『人生 第1部』（1921年）
• - 『渦潮』（1923年）
• - 『天罰』（1925年）
• - 『文壇随筆』（1925年）
• - 『群盲』（1925年）
• - 『夜の潮』（1925年）
• - 『処女』（1926年）
• - 『瑠璃鳥』（1926年）
• - 『女人群像』（1924-25年）
• - 『女王』（1927年）
• - 『緑の春』（1927年）
• - 『蒼白き薔薇』（1929年）
• - 『誰だ? 花園を荒す者は!』（1930年）
• - 『長篇三人全集』全10冊（1930-32年）
• - 『嘆きの都 評判小説』（1931年）
• - 『中村武羅夫読物選集』（1931年）
• - 『愛憎の彼方へ』（1932年）
• - 『心の太陽』（1934年）
• - 『薔薇色の道』（1935年）
• - 『柵橋絢子刀自 伝記』（1938年）
• - 『愛する者の道』（1939年）
• - 『新女性線・人生の花束』（1940年）
• - 『希望の書』（1942年）
• - 『日本の女』（1942年）
• - 『月に立つ虹』（1942年）
• - 『濤声』（1943年）
• - 『火の柱 純情之巻』（1943年）
• - 『愛の小径』（1946年）
• - 『人生の花束』（1947年）
• - 『恋愛二重奏』（1948年）
• - 『聖処女』（1948年）
• - 『恋愛十字路』（1948年）
• - 『白蛾の舞』（1948年）
• - 『珠は砕けず』（1949年）
• - 『愛の勝敗』（1949年）
• - 『明治大正の文学者』（1949年）

もう一度検索