新興芸術派

新興芸術派とは

新興芸術派は、1930年代初頭に日本で起こった文学運動の一つです。プロレタリア文学運動とは一線を画し、モダニズム芸術を追求しました。この運動は、大正末期から昭和初期にかけて、既存の文学潮流に対する反発と新たな芸術表現の模索から生まれました。

設立と活動

新興芸術派の源流は、大正期に活躍した新感覚派にあります。新感覚派は、横光利一らを中心に未来派や表現主義の影響を受け、前衛的なモダニズム文学を展開しました。しかし、片岡鉄兵、今東光、鈴木彦次郎らが左傾化し、マルクス主義に接近する若手作家が現れたことで、新感覚派は内部崩壊へと向かいました。

こうした状況の中、中村武羅夫は文芸を政治運動の手段として利用することに反対し、1929年末に「十三人倶楽部」を結成しました。このグループは、中村武羅夫、加藤武雄、楢崎勤、佐左木俊郎、浅原六朗、久野豊彦、龍胆寺雄、尾崎士郎、嘉村礒多、岡田三郎、飯島正、川端康成、翁久允といった作家たちによって構成され、「芸術派の十字軍」を自称しました。

1930年4月、久野豊彦と龍胆寺雄の提唱により、「十三人倶楽部」を発展させた「新興芸術派倶楽部」が創設されました。この倶楽部には、高橋丈雄、保高徳蔵、八木東作、中村正常、今日出海、小野松二、坪田勝、西村晋一、舟橋聖一、永井龍男、小林秀雄、吉村鉄太郎、宗瑛、神西清、笠原健治郎、深田久弥、堀辰雄、吉行エイスケ、阿部知二、雅川滉、井伏鱒二、蔵原伸二郎、古沢安二郎など、当時の若手作家たちが多数参加しました。彼らは主に『新潮』誌上で活動を展開し、同年4月号では雅川滉が「芸術派宣言」を発表。「マルクス主義を通過した」芸術派としての立場を表明しました。また、同年5月には、小説と評論を集めたアンソロジー『芸術派ヴァラエティ』を出版しました。

しかし、新興芸術派の活動は、ジャーナリズムからの批判や内部の意見対立によって、早くも混乱の兆しを見せ始めました。永井龍男は、彼らの作品が「信ずるものを持たないかのようだ」と批判し、川端康成は「新興芸術派の作家ほどジャーナリズムに悪用された例はない」と述べています。

読売新聞主催の「新興芸術派宣言並に批判講演会」では、雅川滉、舟橋聖一、阿部知二、横光利一、青野季吉、新居格が講演を行いましたが、当初参加予定だった小林多喜二は「芸術派を黙殺する」という理由で出演を取り消されました。新潮社からは『新興芸術派叢書』が刊行され、その中では龍胆寺雄、阿部知二、楢崎勤、吉行エイスケなどの作品が人気を集めました。

終焉への道

1930年には、春陽堂から「世界大都会尖端ジャズ文学」という叢書が刊行され、その第一弾として『モダン TOKIO 円舞曲』が出版されました。この作品集には、川端康成、久野豊彦、阿部知二、堀辰雄、蔵原伸二郎、ささきふさ、吉行エイスケ、中村正常、井伏鱒二、中河与一、浅原六朗、龍胆寺雄といった新興芸術派の代表的な作家たちの作品が収録されました。

しかし、新興芸術派の内部では、思想的な対立が次第に顕著になっていきました。浅原六朗や久野豊彦らは、新社会派を提唱し、マルクス主義的な文学観に批判的な立場を取りました。彼らは、当時のサラリーマンやモダンボーイ、モダンガールに向けた、モダニズム志向の文学を追求しました。一方、横光利一は、長編『上海』の執筆に集中し、堀辰雄、川端康成らと共に『文学』を創刊。形式主義的な文学を志向しました。

また、詩人の春山行夫は『詩と詩論』を創刊し、アンドレ・ブルトンの超現実主義やジェイムズ・ジョイスの文学を紹介しました。こうした動きは、阿部知二の「主知的文学論」や伊藤整の「新心理主義文学」といった、20世紀文学の潮流を取り込む動きへとつながっていきました。横光利一の「機械」も、プルーストの影響を受けて書かれたとされています。

新興芸術派は、平野謙によって「芸術方法において独自なものを打ち出すことができなかった」と評され、1932年にはその活動はほとんど見られなくなりました。その後、作家たちは新心理派、芸術至上主義的傾向の作家と、新社会派文学へと進む作家とに分裂していきました。この分裂は、エロ・グロ・ナンセンス的商品を求めるジャーナリズムの影響や、政治的行動主義とは反対の、ニヒリスティックな売文的傾向が原因であるとも言われています。

新興芸術派の活動期間は短かったものの、川端康成の「浅草紅団」や吉行エイスケの作品は、当時の文学シーンに大きな影響を与えました。「浅草紅団」は、モダニズム文学の手法を用いて浅草の風俗を描いた作品で、当時の浅草への関心を高める上で大きな役割を果たしました。

新興芸術派の意義

新興芸術派は、短期間の活動に終わりましたが、その後の文学運動に大きな影響を与えました。彼らが追求したモダニズム文学は、その後の文学の流れを形成する上で重要な要素となりました。

参考文献

平野謙『昭和文学史』筑摩書房 1963年
高見順『昭和文学盛衰史』講談社 1965年年
奥野健男『日本文学史 近代から現代へ』中央公論社 1970年
千葉俊二、坪内祐三編『日本近代文学評論選』岩波文庫 2004年

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