五経

五経と六経：儒学の礎を築いた経典

儒学において中心的な役割を担う五経（ごけい）と六経（りっけい）は、古代中国で編纂された経典の総称です。一般的に六経は『詩経』『書経』『礼記』『楽経』『易経』『春秋』の六書を指し、うち『楽経』が失われたため、残りの五書を五経と呼びます。しかし、五経の内容や構成は時代と共に変遷し、孔子の注釈や後世の儒学者による解釈も加わって現在の形になったとされています。

孔子と経典：どのように儒家の経典になったのか？

五経が儒家の経典として確立する過程は、歴史的に明確ではありません。『論語』からは、孔子が『詩経』と『書経』を講じていたことが分かりますが、それ以外の経典との関わりは直接的には示されていません。しかし、『論語』には『詩経』『書経』に加え、『易経』についても言及があり、孔子がこれらの経典を重視していたことが窺えます。『春秋』は『孟子』において孔子が編纂したとされ、魯国の歴史を記した書物として位置付けられています。

これらの経典がどのように儒学の中核となったのかについては諸説ありますが、『論語』に見られる孔子の言行や、当時の社会状況、政治情勢などを考慮すると、孔子がこれらの経典に独自の解釈を加え、儒学の基礎を築いたと考えられます。外交に『詩経』が使われていたという事実からも、孔子が唯一これらの経典を学んでいたわけではないことが分かります。また、『論語』には雅言（共通語）について「『詩』『書』執礼」の記述があり、礼に関する教育が行われていたことも伺えます。

六経の成立と変遷：秦の焚書坑儒と経典の伝承

六経として経典が体系化されたのは、戦国時代末期、荀子の頃と考えられています。しかし、『荀子』には「五経」や「六経」という言葉は現れません。六経という言葉が初めて現れるのは『荘子』であり、孔子が老子に語った言葉として「丘は詩書礼楽易春秋の六経を治む」と記されています。

秦の始皇帝による焚書坑儒や楚漢戦争によって、多くの書物が失われましたが、一部の経師たちによって口伝や竹簡の秘匿によって経典は辛うじて後世に伝えられました。漢代には、五経博士が設置され、五経の研究と教育が行われるようになりました。この時に『楽経』は失われ、残りの五経が官学として重視されるようになりました。『礼記』は『儀礼』の一部しか伝わっていないとされています。

その後、古文経と今文経の対立が生まれました。古文経は古い文字で書かれた経典で、今文経は当時の隷書で書かれた経典です。この対立は政治的な要素も絡み合い、後漢時代には今文経が優勢でしたが、魏晋南北朝時代を経て唐代には古文経が優位となりました。唐代の『五経正義』は古文系統のテキストを採用し、それが現在まで伝えられています。

六経の順序：今文経と古文経の違い

六経の配列順序は、今文経と古文経で異なっています。今文経では詩・書・礼・楽・易・春秋の順で、孔子の学習順序に基づくと考えられています。一方、古文経では易・書・詩・礼・楽・春秋の順で、これは時代順に配列されたものと考えられています。『易経』は宇宙生成、陰陽思想を扱い、『書経』は古代中国の歴史、『詩経』『礼記』『楽経』は周代の文化、『春秋』は春秋時代の魯国の歴史を記しています。

日本における六経：『孝経』の追加

中世の日本では、『楽経』の代わりに『孝経』を加えた「六経」が用いられる事例が見られます。室町時代の桂庵玄樹の『家法倭点』や上杉憲実の足利学校に関する記述などにその例が見られます。これは、儒教思想の中で孝の重要性が強調された結果と考えられます。

まとめ

五経と六経は、儒学の根幹をなす重要な経典です。その成立過程や内容、歴史的変遷を知ることは、儒学思想を理解する上で不可欠です。古文経と今文経の対立や、日本における独自の解釈など、様々な視点から検討することで、より深く儒学の世界を理解することができるでしょう。

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