五経博士

五経博士：古代中国と倭国を繋いだ儒学の使者

前漢時代の五経博士

五経博士は、古代中国の前漢時代に設置された官職です。太常（宮廷の祭祀を司る官）の属官として、儒教の経典である五経（詩・書・礼・易・春秋）の教育と研究を担っていました。秦代から続く博士制度を受け継ぎつつ、漢代においては儒学の隆盛とともに重要な役割を果たしました。

漢の文帝・景帝の時代には、『詩経』『易経』『春秋』の講習は既に官学として行われていましたが、武帝の時代に董仲舒の献策を受け、五経全てを網羅した五経博士が正式に設置されました。当初は5名でしたが、宣帝の時代には12名に増員され、それぞれに弟子が付き、儒学の研究と普及に貢献しました。後漢時代にはさらに十四博士にまで拡大し、儒学教育の中核としてその地位を確固たるものにしました。

従来、五経博士の設置は儒教の国教化を意味すると解釈されてきましたが、近年の研究では、単に博士官に五経博士を増員したに過ぎないと考えられています。これは、漢代初期には儒家以外の諸子百家の経典も学官に置かれていたという事実と整合性があります。五経博士の設置は、儒学の官学化を促進する大きな一歩ではありましたが、他の学派を一挙に排斥したものではなかった可能性が高いのです。

百済による五経博士の派遣

『日本書紀』には、513年に百済が倭国に五経博士段楊爾を派遣したと記されています。その後も、漢高安茂、馬丁安、王道良、王柳貴、王保孫、王有㥄陀、潘量豊、丁有陀らが倭国に派遣されました。これらの五経博士は、いずれも百済に帰化していた中国人でした。

この五経博士派遣の背景については、いくつかの説があります。一つは、百済が任那（現在の韓国南部）を倭国に割譲したことに対する返礼という説です。しかし、『日本書紀』の記述は、歴史的事実をそのまま反映しているとは限らないという批判もあります。また、これらの五経博士は、朝鮮の史料である『三国史記』や『三国遺事』には登場しません。

他の説としては、中国人が倭国で交代で勤務していたという説や、百済から倭国への人質の制度化という説もあります。平野邦雄氏は、「五経博士を率いた百済官人を除いては南朝人である」と指摘しており、五経博士派遣の背景には、複雑な政治的、外交的な要素が絡んでいた可能性が示唆されます。

歴史的解釈と今後の課題

五経博士の設置と派遣は、古代東アジアにおける儒学の伝播と受容を考える上で重要な事例です。しかし、その歴史的背景や解釈については、未だ議論が続いています。『日本書紀』の記述をどのように捉えるか、そして朝鮮側の史料との整合性をどのように説明するかが、今後の研究課題と言えるでしょう。五経博士に関する研究は、古代中国と東アジア世界の交流史、そして儒学の国際的な展開を理解する上で欠かせないものです。今後の研究の発展によって、より詳細な事実解明と、より深い理解が期待されます。

参考文献

福井重雅『漢代儒教の史的研究：儒学の官学化をめぐる定説の再検討』汲古書院、2005年

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