伊四百型潜水艦

伊四百型潜水艦：幻の巨大潜水空母

伊四百型潜水艦は、第二次世界大戦中に大日本帝国海軍が建造した、類まれな潜水艦です。その最大の特徴は、3機の特殊攻撃機「晴嵐」を搭載し、水中で航空機運用能力を持っていた点です。このことから「潜水空母」とも俗称されました。正式には「潜特型」と呼ばれます。

概要

伊四百型は、第二次世界大戦中に就役した潜水艦の中で最大級であり、アメリカ海軍のガトー級[[潜水艦]]よりも全長が27メートルも長大でした。通常動力型潜水艦としては、2012年に中国人民解放軍海軍の032型[[潜水艦]]が就役するまで、世界最大の記録を保持していました。航続距離も非常に長く、地球を一周半も航行可能だったと言われています。これにより、日本の本土から地球上のほぼ全ての場所への攻撃が可能であり、作戦後に日本へ帰還することも可能でした。

大型の船体にもかかわらず、水中性能も良好で、急速潜航に要する時間はわずか1分でした。同型艦は3隻が建造されましたが、いずれも目立った戦果を挙げることなく終戦を迎えました。連合国側は、日本の降伏まで伊四百型の存在を知りませんでした。終戦後にアメリカ軍が接収した際、その大きさに驚愕したという逸話が残っています。

アメリカ軍は、伊四百型を調査した結果、自軍での使用も検討しました。しかし、ソビエト連邦への情報漏洩を恐れ、ハワイ沖で魚雷により海没処分としました。その後、長らく詳しい位置は不明でしたが、アメリカの研究者による調査の結果、2005年に伊四百一が、2013年には伊四百が、そして2015年には海上保安庁により伊四百二が発見されました。

米海洋大気局（NOAA）の専門家は、伊四百型が潜水艦の用途を対艦攻撃から戦略的攻撃へと変えたと評価しています。戦後の潜水艦開発に大きな影響を与え、核ミサイルを搭載したアメリカ海軍の潜水艦に繋がる設計思想の源流となったとされています。

開発経緯

航空機搭載潜水艦の登場

第一次世界大戦後、日本海軍はドイツ製の小型水上偵察機を参考に、潜水艦搭載偵察機を開発しました。これにより、潜水艦の偵察能力が大幅に向上しました。初期の航空機搭載潜水艦は、九六式小型偵察機や零式小型水上偵察機などの偵察機を搭載していました。しかし、伊四百型は、これらの潜水艦とは異なり、戦略的な攻撃を目的として開発されました。

特殊攻撃機「晴嵐」の開発

当初、特型潜水艦には彗星艦爆の搭載が検討されましたが、実現困難と判断され、特殊攻撃機「晴嵐」が開発されることになりました。晴嵐は当初、フロートを装着しない非水上機として運用される予定でした。この場合、機体の回収は不可能となり使い捨てとなるはずでした。伊四百型は、純粋な爆撃・攻撃を目的とした飛行機を戦略的に運用するという点で、従来の偵察目的の潜水艦とは一線を画していました。

山本五十六の構想

伊四百型の構想は、山本五十六連合艦隊司令長官によるものでした。彼は、アメリカ東海岸への攻撃を計画しており、伊四百型をその作戦に投入することを企図していました。この計画は、アメリカ本土に直接的な脅威を与えるという山本の戦略思想を反映したものでした。

計画の縮小

ミッドウェー海戦後、連合艦隊は既定の軍備計画を大幅に修正しました。この改⑤計画では、潜水艦139隻の建造が盛り込まれましたが、その中に特型潜水艦18隻が含まれていました。しかし、戦局の悪化に伴い、計画は縮小され、最終的には伊四百型は3隻の建造に留まりました。

完成

計画の縮小を補うために、1隻あたりの搭載機数が3機に増やされました。また、建造中だった甲型潜水艦を改造し、晴嵐を2機搭載可能な潜水空母（伊十三型潜水艦）が建造されました。伊四百型の当初の目標はアメリカ本土攻撃であり、アメリカ東海岸を攻撃する計画でした。航続距離33000海里という長大な要求は、船体の大型化に拍車をかけました。当初の搭載機数は2機でしたが、建造数の削減に伴い、急遽3機に増やすことになりました。そのため、格納筒を延長するなどの設計変更が行われました。

1945年5月にドイツが降伏すると、攻撃目標はアメリカ東海岸からパナマ運河のゲートに変更されました。晴嵐には魚雷が装備され、伊四百型はパナマ運河攻撃を想定した訓練を開始しました。しかし、英米艦隊が太平洋に移動したため、パナマ運河攻撃は戦略的意義を失い、最終的にはウルシー泊地への特攻計画に変更されました。

構造

伊四百型は、複殻式船体を採用し、2本の筒を並列した内殻構造を採用しました。これにより、艦の全高を抑え、安定性を高めることができました。ディーゼルエンジンは、左右の内殻に2基ずつ配置され、計4基が横に並ぶ形となりました。2基のエンジンで1つのスクリューを駆動しました。伊四百型は大型の上部構造物を備えていたため、安定性の確保が重要な課題でした。この眼鏡型船体は伊五一型潜水艦でも採用されました。

飛行機格納筒の直径は4mで、晴嵐のプロペラがギリギリ収まるサイズでした。そのため、晴嵐の主翼は90度回転させ、後方に折りたたむ特殊な格納方法を採用しました。カタパルトには、一式二号射出機よりも大型の四式一号一〇型が採用され、5tまでの航空機を発射することができました。3機全ての発艦には当初30〜45分を要しましたが、訓練によって15分程度にまで短縮されました。

戦歴

当初、パナマ運河への攻撃が検討されましたが、本土空襲などにより晴嵐の完成が遅延しました。1944年12月に第一潜水隊が編成され、伊四百型を含む4隻の潜水艦が所属しました。1945年3月には、伊四百型は艦と搭載航空機の共同訓練を終えましたが、伊十三型、伊十四型には晴嵐が搭載されていませんでした。

その後、ウルシー泊地への攻撃が決定されました。この作戦は、偵察機「彩雲」を輸送する光作戦と、晴嵐による特攻攻撃「嵐作戦」から構成されていました。しかし、伊十三は消息不明となり、伊十四は彩雲を輸送したものの、攻撃作戦には参加できませんでした。伊四百型と伊四百一型は、ウルシー泊地へ向かいましたが、終戦により攻撃は中止され、帰還することになりました。帰還途中で、伊四百と伊四百一はアメリカ軍に拿捕されました。攻撃隊指揮官の有泉大佐は、伊四百一艦内で自決しました。

同型艦

伊号第四百潜水艦：1944年12月竣工。ウルシー南方で敗戦を迎え、アメリカ軍に接収。技術調査後、ハワイ沖で撃沈処分。2013年8月に海底で発見。
伊号第四百一[[潜水艦]]：1945年1月竣工。ウルシー攻撃に向かうも終戦。アメリカ軍に接収され、技術調査後、ハワイ沖で撃沈処分。2005年3月に海底で発見。
伊号第四百二潜水艦：1945年7月竣工。呉で損傷し、終戦。アメリカ軍により東シナ海で撃沈処分。2015年8月に海底で発見。
第5234号艦：1943年10月計画中止。
伊号第四百四潜水艦：1943年起工、1945年95%で工事中止。呉軍港空襲により大破、自沈処分。後に浮揚解体。
伊号第四百五潜水艦：1944年起工、直後に建造中止。
第5237号艦：1943年10月計画中止。
第5238号艦：1943年起工、直後に建造中止。
第5239号艦から第5240号艦: 1943年10月計画中止。
第5241号艦から第5248号艦: 1943年7月計画中止。

脚注

参考文献

木俣滋郎『潜水艦入門』光人社NF文庫、1998年。ISBN 4-7698-2199-9
世界の艦船 No. 469 増刊第37集 『日本潜水艦史』　海人社、1993年。ISBN 4-905551-44-7
防衛庁防衛研修所戦史室『戦史叢書 潜水艦史』 第98巻、朝雲新聞社、1979年6月。
丸スペシャル No. 132 日本海軍艦艇発達史『日本の潜水艦I』 潮書房、1988年。
雑誌「丸」編集部『写真 日本の軍艦 第12巻 潜水艦』（光人社、1990年） ISBN 4-7698-0462-8
『歴史群像No.34米本土爆撃を企図した巨大潜水空母　伊400潜大研究』学習研究社、1998年

関連項目

潜水艦
潜水空母
大日本帝国海軍艦艇一覧
アメリカ本土空襲
032型[[潜水艦]]（清型）
タイフーン型原子力[[潜水艦]]
山本五十六
名古屋市

外部リンク

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