入梅

入梅（にゅうばい）

入梅とは、日本の伝統的な暦における「雑節（ざっせつ）」の一つで、梅雨（つゆ）が始まる頃の目安とされています。読み方は「にゅうばい」の他に、「ついり」「つゆいり」とも読まれます。

現在の定義と基本的な意味

現代の日本における入梅は、太陽の黄経（こうけい）が80度に達する日、またはその時期を指します。新暦（グレゴリオ暦）では、おおよそ6月11日頃にあたります。これは気象庁が発表する「梅雨入り」とは異なり、暦の上での特定の時期を示すものです。

入梅に対して、梅雨が明けることを示す言葉に「出梅（しゅつばい、つゆあけ）」がありますが、日本ではあまり一般的に使われていません。

気象との関連と地域的な用法

本来、入梅という言葉は、実際の「梅雨入り」を指す漢語表現として用いられました。しかし、実際の梅雨入りは、その年の気象状況や地域によって日付が異なります。

特定の地域、例えば西関東方言では、梅雨の時期全体を「入梅」と呼ぶ慣習があります。この用法では、「梅雨入りする」という一般的な言い方を「入梅に入る」と表現します。

また、時候の挨拶としてビジネス文書などで使われる「入梅の候（こう）」は、相手方の地域が既に梅雨入りした、または梅雨入りの時期を迎えていることを前提として用いられます。

暦学上の位置づけとその歴史

入梅が暦に導入されたのは、主に農作業、特に田植えの計画を立てる上で、梅雨入りの時期を知ることが重要だったからです。前もって梅雨入りのおよその時期を示すための目安として、雑節とされました。

しかし、その「入梅」の厳密な定義は、時代や文献によって一定していませんでした。

貞享暦以前の諸説

貞享暦（じょうきょうれき、1685年制定）が導入される以前の文献には、様々な入梅・出梅の定義が見られます。例えば、1688年に刊行された『日本歳時記』には、以下のような説が紹介されています。

立夏（りっか）後の最初の庚（かのえ）の日（新暦5月10日頃）に入梅、芒種（ぼうしゅ）後の最初の壬（みずのえ）の日（新暦6月10日頃）に出梅とする説（『埤雅』）
芒種後の最初の丙（ひのえ）の日（新暦6月10日頃）に入梅、小暑（しょうしょ）後の最初の未（ひつじ）の日（新暦7月12日頃）に出梅とする説（『神枢』）
芒種後の最初の壬の日（新暦6月10日頃）に入梅、夏至（げし）後の最初の庚の日（新暦6月26日頃）に出梅とする説（『碎金録』）
芒種後の最初の壬の日（新暦6月10日頃）に入梅、小暑後の最初の壬の日（新暦7月12日頃）に出梅とする説（『本草綱目』）

これらの定義は、特定の節気から数えて最初に来る特定の十干（じっかん）の日を基準としていました。十干は10日周期で巡るため、同じ節気から数えても、その日の十干によって入梅・出梅の日が10日間の幅で変動しました。また、暦の置閏法（うるうを置く方法）の差なども加わり、新暦に換算した場合もおよそ±6日程度の変動が生じていました。なお、『本草綱目』の入梅を「芒種前の壬の日」とする記述も見られますが、これは誤りと考えられています。

貞享暦以後の定義

貞享暦が制定された頃から、日本で編纂される暦に「入梅」が掲載されるようになりました。この頃に主流となった定義は、「芒種後の最初の壬の日」とするものでした。芒種は太陽黄経が75度に達する日であり、「壬」は五行思想において水の陽の性質を持つとされます。

定義に「芒種後の最初の壬の日」が採用されたものの、芒種当日が壬だった場合の扱いについて、「当日を入梅とするか、10日後の次の壬の日とするか」という混乱が生じました。しかし、次第に芒種当日が壬であれば、その日を入梅とする、という解釈が一般的になりました。これにより、入梅日は芒種当日を含む9日間のいずれかの日となり、新暦ではおよそ6月4日から6月16日の間を変動し、平均すると6月10日頃となりました。出梅は暦には記載されませんでしたが、この時期の入梅と対になるものとして、「小暑後の最初の壬の日」とされていました。この入梅・出梅の組み合わせは、中国の『本草綱目』に見られる定義と同じです。

渋川則休の説

江戸時代の暦算家である渋川則休（しぶかわそっきゅう）は、延享元年（1744年または1745年）に、その年の干支によって入梅の日と梅雨の期間が異なるとする説を唱えました。例えば、甲（きのえ）年や乙（きのと）年には芒種後の2番目の壬の日が入梅となり梅雨は21日間続く、といった具体的な日数を示しました。しかし、この説が広く普及したわけではありません。

天保暦による定義

1844年に採用された天保暦（てんぽうれき）では、入梅の定義が大きく変更され、「太陽黄経が80度に達する日」と定められました。これは、貞享暦以来使われてきた十干による定義が持つ約10日間の変動幅をならし、より安定した日付に設定したものです。現在の暦における入梅も、この天保暦の定義に基づいています。

入梅は、このように暦学的な変遷を経てきましたが、現在でも梅雨の始まりを感じさせる言葉として用いられています。

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